上巻から3年後。大学生になった紺野は写真学科で勉強しながら、カメラマンの父親の手伝いを続けています。上巻ラストのあと屋上に来なくなった早川とは連絡をとっていませんでしたが、偶然の引き合わせで再会します。
屋上でやっぱり音楽をやめない、と宣言したとおり早川は今は大学に通いながらインディーズのバンドでギターを弾いていました。
3年分の旧交を温める二人。よいお話です。
私は個人的には本当にピアノはやめたんだな、というところがとても残念でしたが、溢れる才能を無駄にしなくて本当によかった。歌詞が作れないからインストルメンタルとのことですが、今後どうなっていくんでしょうね。
二人ともまだまだこれからで、夢を追いかけている途中の爽やかなお話でした。
ただ、上巻と比べると下巻はかなりあっさりしていたなと。前述のピアノのことはただの私の願望でしたが、それ以外にも、あのときこうすればよかったと二人が思っていた早川の告白のことを、3年ぶりにやり直して交際することになったことは微笑ましくもありましたが、上巻のこじらせが私は気に入っていたので、時が解決してくれたような展開は物足りなく思いました。
それからこれも勝手なことですが、山下くんはもう登場しないんですね。彼もピアノをどこかで続けていたらいいなと思うなどしました。
二人の鍋パーティーの場面で、紺野の酔った上でのキスについて、探り合うような言葉のやりとりはとても楽しかったです。
学校の屋上で偶然知り合った二人の高校生のお話。
音楽の才能があるのにやめようとしている早川と、写真が好きで写真のことばっかりな紺野。
子供の頃から音楽が好きで作曲ばかりしている早川はなかなか友達ができず、ピアノ教室で仲良くなった山下くんと行き違いから中学の頃に仲違いをして、それをきっかけに音楽をやめようと思う。でも曲が生まれてくるものを止めることはできない。
早川の子供時代のエピソードがとても切なくて、なまじ優勝してしまうからやっかまれたりして、友達ができるどころかどんどん孤立する様子がとても気の毒でした。山下くんもああは言ったけど言葉全てが本心ではなくて、そういう気持ちとは裏腹に早川のことを友達だと思っていたとおもうので、下巻で和解するといいなと思っています。
早川にしてみれば自分が音楽馬鹿ならば紺野は突出した写真馬鹿なのに、音楽好きを隠さなくてはいけない自分とは違って写真が好きだと素直に口にできてそれでも友達がいることを羨ましい。早川が紺野に惹かれる気持ちは山下くんの早川に対する気持ちと似ているものがあると思いました。なので、ちょっとBL展開は私には唐突に感じていて、紺野に対する最初の嫌がらせみたいな八つ当たりみたいなのは分からなくもないのですが、そこから一転しての好き好きモードは、ちょっと落ち着けと思ってしまいます。
それにしても学校の屋上で、それまで知らなかった二人が出会って、パーソナリティーの深いところを共有したり誰にも話さないようなことを話したりするのは、大変揺さぶられます。吹き抜ける風も感じられ、いちごみるくが飲みたくなりました。
幼馴染み同士の恋(年下→年上への片思い)が描かれる本作。
1巻では、子供の頃からの思いを告白し、期間限定でどうにかつきあってみるという約束を取り付けたまででしたが、2巻はもっと深く性愛について言及されています。
環は育ってきた環境から、潜在的に性への恐怖心と罪悪感に苛まれていて、できるだけそっち方面には関わらないように生きてきた経緯があります。中3のときに女子生徒とお付き合いを始めたものの女の子の方から誘惑された時に無理と思ってしまったエピソードもありますし、同級生の下ネタトークを苦手にしていたりしています。
ここで志井がぐいぐい環に迫っていく(H方面で)のは逆効果じゃないのかなと不安になりました。環にとって志井と志井家はずっと安全地帯だったから、志井まで性欲むき出しになったら、もう環の居場所は無くなってしまうと。
ただ、16歳の健全な男子なら、恋愛と性欲がどうしても切り離せないのは通常のことなので、志井を非難するつもりは無いです。仕方ないことなので。ただあまりに環が気の毒でした。
2巻では二人それぞれの性に対して1巻よりもっと赤裸々に描いていくのと同時に、新要素として環と環のお母さんとの関係に変容が見られる(悪い方に)というのもあり、環の性的虐待はまだ続いていることがわかりました。もうここまで来ると克服するのは環境改善とか専門家の治療とかが必須なのではと。志井との恋愛でどうにかなるようなことなのか、大変心配です。
それと、志井は環への気持ちを持て余し、中3のときにアプリで知り合った大学生と何回も会ってセックスしています。このときの1年間、環に彼女が出来たこともあって距離を置いている頃ですが、その大学生には環のことも相談しつつ、完全に環の代わりに彼を抱いて、してみたかったプレイもしています。ここだけみると志井の環への思いというのは、ヤリネタということでいいですか?とも思ってしまいます。1巻巻末描き下ろしの「おかずは一品だけ」もそうでした。健全な男子なら仕方ないと前述しましたが、詳らかにすることによって、恋心と性欲がよくわからなくなっていきます。次の展開に向けて、ここでセックスを経験することは必然ではあるけれど、顔射は余計だったかなあと思うなどしました。
志井は環のノートを盗み見て奥底にしまわれている闇を知り、俺のせいにしていいから、と環を抱くのですが、果たしてこの荒療治はどうなんだろうと。正直判断がつかず残りページ数がなくなっていく中で、これ本当に終わるの?と思っていたところに「つづく」の文字。私はてっきり全2冊だと完全に誤解しており本気で驚きました。2巻が発売されたのが2021年、3巻は出るのでしょうか? ここまで来たら志井の思いを成就してほしいとは思いますが、環の心の傷は深刻で、16歳の志井がどうにかできるような事柄なのかも分からず、この続きを読みたいようなこのままでもいいような、そんな気持ちです。
子供の頃から好きだったひとつ年上の環に告白する志井。
志井のことは好きだけど、そういう「好き」じゃないと思う、と答えるが志井は納得しない。週6バイトなら、残りの1日を俺にくれ、とお試しで付き合ってみることになる、までがお話の1巻目。
1話から5話まで収録されています。1話は小学生の志井視点、2話は中学生の志井視点、3話以降は高校生の両視点で時に回想を混ぜながらとても丁寧に二人を描いています。
一般的な家庭に育った志井と比べて、特殊な状況で育った環は潜在的に女性やセックスに対して抵抗感(本人はあまり自覚してない)を持っていて、それが今後どう影響していくのか、2巻を見守りたいと思います。次々に変わる母親の恋人はろくでもない男ばかりで、誰も彼もが子供の環のいるところでセックスをしていて(もう立派な性的虐待)、育成期に相当悪影響を及ぼしていると思う。環は少なくとも表面上はまっすぐ育っているのが奇跡のように感じます。
志井は勿論そんなことは知りませんが、環の家の中には一度も入ったことがなかったり、小学生のときに玄関ドアの前で泣いている環を見ているし、中学生の時には家の中からあえぎ声を聞いたりしているのでなんらか察している(長じてから分かる)ようですし。どうなるかな。とはいえまだ高校生だからなあ。
巻末に「おかずは一品だけ」という描き下ろしありです。中学生の志井が環をおかずに抜く話です。環への気持ちは恋愛だっていうことの証明ではあるし仕方ないけどセックスを無理って思う環を思うと、先の展開がちょっと不穏。
「聖なる黒夜」にはまり、麻生龍太郎の名の付く小説を2冊読み、次はRIKOシリーズです。
私の読んだ順番は上記のとおりですが、本当はRIKOシリーズが先で、そのスピンオフが「聖なる黒夜」なので、読む順番としては逆転しております。
ですが、作中の時系列的には「聖なる黒夜」よりもRIKOシリーズの方が後になるので、個人的にはこの順番で読んで良かったなと思っています。
さて、RIKOシリーズはその名のとおり、村上緑子(りこ)という女性刑事が主人公の小説であり、BL要素は大変少ないです。2巻ではリコは育休明けで辰巳署に配属になっており、新宿署の刑事だった1巻の時とは忙しさが異なると話しています。一児の母になってもリコの貞操観念はほぼ無いこともあるので男女の性愛に抵抗がある方にはオススメしづらいですが、「聖なる黒夜」の世界線と地続きですし麻生さんと練のその後を確認するのには読むべき本と思いました。
そう、完全に地続きで驚きました。かつて麻生さんが所属していた捜査一課のメンバーや春日組、昇竜会など、普通に出てきます。考えたら「聖なる黒夜」がスピンオフなので当たり前なのかもですが、違うシリーズ、という頭があったので意外に感じましたし、麻生さん本人の人となりや警察をやめたことをかつての同僚をはじめ警察関係者がどう思っているのか知ることができました。
という意味でも読んで良かったです。(及川は名前だけ出てきました。「親友」となっていて、なるほどーと思うなどしました)
BL的な視点から言うと、麻生さんがリコと飲みに行き、誰のこととは言わずにとにかく惚気る場面がありまして、これを読めたことが大変な収穫でした。練のことをどれほど愛してるか、滔々と語るのです。そういうこと言っちゃうのか、そんな風に思っていたのかと二重に驚き、読んでいるこっちが恥ずかしいような言葉の数々にちょっと叫びそうになりました。「私立探偵・麻生龍太郎」ではあんな風に別れたし態度も硬化しているけれど、まだ変わらず好きなんだなと分かり、しかも落とし穴に落ちたみたいにスコンと惚れた、別れた女房のときと同じくらい夢中だった、と言うので、玲子と同じくらいに?!とここでもやはり驚いたのでした。
この場面でリコが、自分と麻生さんは似ていると思っていたけど違う、残された相手(ここではまだ女性だと思っている)の気持ちがぼんやりと分かると言って、聞いた話から分析する長科白があるのですが、これが胸に刺さりました。「(そのひとは)自分があなたを汚しているようで辛かった。あなたのように清潔になれない自分が惨めだった。だからあなたに、おまえのために俺も黒く染まると言わせたかった」のだろうと。
ここを読んで、うわー、と思いました。また、練のことも二人の関係性も何も知らない第三者であるリコという女性刑事が言い当てるところにもぐっと来ました。知らないからこそシンプルに物が見えるのだろうし、知っていたら分かっていても口にはできないですよね。
そしてラストシーンです。前述の場面から伝わる麻生さんの気持ちが本書のラストシーンに繋がっていくのですね。練は病院には何回も来ていたのかなと想像しました。だから狙われたのかなと。お見舞いの場面が見たかったです。そして「ちょっと3巻、はやく」となっています。
RIKOシリーズは1巻をずいぶん前に読みました。女性刑事や女性探偵が主人公の小説は当時流行っていていくつも読んでいたのですが、その中でも並外れてリコが「女」だったので、個人的にはあまりはまらなかった覚えがあります。でもこれを機にもう一回1巻を読んでみようと思っています。
「聖なる黒夜」の麻生龍太郎は捜査一課に所属する警部でベテランの刑事ですが、その麻生がまだ駆け出しで所轄(高橋署)に居る頃のお話。
「大根の花」、「赤い鉛筆」、「割れる爪」、「雪うさぎ」、「大きい靴」、「エピローグ」、「小綬鶏」の7本収録の短編集。
時系列に並んでいます。最初の「大根の花」の麻生は、もうすぐ25歳という、警察官になって3年目の若者です。地の文も麻生ではなく龍太郎名義になっていますし、周囲からの扱いも職場の若者に対するもので、なかなか興味深いです。特に「大根の花」は、50代のベテラン刑事とコンビを組んでいるので余計にそう感じます。
そこから月日を経て、数々の事件を麻生の機転や偶発的事象がきっかけで犯人を逮捕したり自殺から殺人事件に切り替えるきっかけを作るなど、のちに天才と称される所以が綴られていてとても楽しく読みました。
「赤い鉛筆」からは年代の近そうな刑事と一緒にいますし、「大きい靴」ではキャリアの若者と一緒に組んでいて、管理職だった「聖なる黒夜」での麻生とはだいぶ雰囲気が違うので、昔を覗き見している感じで面白かったです。
「エピローグ」において本庁への異動辞令が交付され、「小綬鶏」は本庁に異動したばかりですが交番勤務だった時の出来事がうかがえます。
BL的な視点から言うと、この頃の麻生はまだ練にも玲子にも会っておらず、及川との関係が描かれます。
学年2つ違うので、及川もこのころは20代のはずですが、本庁の捜査四課に所属していて既になにか尋常では無い雰囲気を漂わせています。「大きい靴」では陣頭指揮をとっていました。
馴染みのバーで麻生が飲んでいるところに及川が現れたり(カウンターで待ち合わせ。おしゃれ)、非番の日に及川のマンションに泊まったり、引っ越すからお前も独身寮出ろよ、と言われたり、こんな様子が知れてもう実に実にありがたかったです。ニヤニヤが止まらないし、書いてくださって本当に感謝しかないです。しかし、なんといっても私が面食らったのは、あの麻生が捜査のことを及川に相談している! 「聖なる黒夜」では自己完結していると色々な人達から指摘されていたあの麻生が。ついでにいうと、及川に「うん」と返事するのが可愛い。
回想で大学時代の二人のことも少し分かりますし、この本を読めて本当に良かったです。
私が及川贔屓だから余計に嬉しい反面、一方でここでも麻生は煮え切らない態度をとっていることにモヤモヤするのも事実です。練とのこともそうだったけど、まだ若い年代で六年もつきあっている及川との関係においても、麻生はこうなんだなと。
これはね、この本のあとの展開を考えれば、もう及川が気の毒で仕方ないです。一緒に暮らさないと決めただけでなく、このあと関係性を切って女と結婚すると言うなんて、裏切りどころの騒ぎではないです。そりゃ及川も殺そうともするでしょう。(すみません、私は及川贔屓です) 逆に、こんな手ひどい別れの後にもかかわらず「龍」と呼んでつるんだりできる及川の心情を思えば、しくしく胃が痛くなるというものです。
「小綬鶏」では及川の恋人が出てきますがイラストレーターじゃなくてカメラマンでした。今の人とは別かーと思うとともに、年上風でよく喋る人だったので、タイプが麻生とは違うなあと思うなどしました。短いつきあいになりそうですね。及川の麻生への執着は並々ならぬものがあるので。(ここで安堵する麻生が憎らしくもある) 及川には幸せになってもらいたいとつくづく思います。
ドイツでのかつての患者さんから海を越えて送られて来た大きな箱は、あの個性的な風貌のクマのぬいぐるみでした。
このお話は本編の後日談で、かつぬいぐるみ視点ということもあって、二人の日常生活を覗き見しているような気になり大変よいものでした。
「いやな予感はしたんだ」とか「邪魔かもしれない」などとストレートな発言をする奥村先生に対しては「コロス」と内心怒っていたクマも、「俺たちのキューピッドだよ」と撫でる東湖には無言になる(=懐柔されてる)のもよかったです。
疲れて帰ってきた東湖がクマ相手に愚痴を言うのも、奥村先生に甘えるのもとても可愛いかった。
本編後日の様子がうかがえて、二人の可愛らしさも味わえる100点満点の小冊子でした。エッチはないけどそれが良かったです。
時系列的には「聖なる黒夜」の後日に当たるお話。短編集。
「OUR HOUSE」、「TEACH YOUR CHILDREN」、「DÉJÀ VU」、「CARRY ON」、「Epilogue」の5本収録。
具体的には「OUR HOUSE」は「聖なる黒夜」から8か月後らしいです。おそらくそこから時系列で並んでいます。
「聖なる黒夜」下巻の巻末に掲載された「ガラスの蝶々」で、麻生が警察をやめて探偵事務所を構えるみたいなことに言及していましたが、本書はまさにそのあとの、私立探偵になってからのお話です。
探偵になった麻生が、請け負った案件を調査するなかで、警察官時代の知人(という設定の新キャラやよく知るキャラ)と話したり本人が述懐したりする隙間から、「聖なる黒夜」から先に何があったのかとか、練との繋がりが切れていないことやセックスはするけど付き合っていないこと、ヤクザになるなとの麻生の進言と練が悩んでいる様子等が分かります。
本書に収録の各話については、事件解決にかかる展開としては申し分なく、単体で読む分でも面白いと思います。
が、読めば読むほど麻生の煮え切らない様子(特に山内練に対しての)にはぐつぐつ滾るものがありますね。「CARRY ON」で田村が「あいつのために生きるって言ってやればいいじゃん」と言ってましたが、本当にそうだなと。練のことを「本気だって言い切れる」と言いながら(言葉の前に「……」はあるんだけど)、当人にはっきりそう言わない。言わない理由はどうしたって埋まらない例の溝のせいで、過去が消せない以上これが昇華できる時は来ないだろうと思えます。逆に、練の方が何を考えているのかは、本書が全部麻生視点だから行間を読むしかないんだけど、当然自分からは踏み込めないだろうし(これだけ悩むというのは、まさかと思うが組から麻生を盾に脅されてる?)、それこそ麻生が強引に行かない限りは進展はしないよなと。二人ともお互いのためを思いつつ立ち止まっているから動けないし、練の方は周囲が不動を許さないので、それはもう結論が「Epilogue」に至るのは仕方ないよなと。
不毛すぎる! と思うけど、でも気になるからシリーズ読んでいく所存です。
麻生と練の会話はまったく甘くないのに表面と中の温度が違うようで、すごくドキドキするし何故かこちらが照れてしまう、不思議な魅力があります。「CARRY ON」の「電話くれたか」「うん」の応酬だけで私はとんでもない多幸感に包まれました。
前述のとおり、この二人が付き合うことは無いかもしれないけど(麻生の出方次第だったのに)、でもやっぱり腐れ縁は続くんだろうと思えてしまうし、そういう仲があってもいいのかな。この二人らしいというか。練にとって麻生は一番最初に出会った、あの頃のままなのかも知れない。初恋は罪深い。
及川があの後どうなったかは本書では分かりませんでしたが、麻生がかつて及川の住んでいた場所(神楽坂)を懐かしむような箇所があったので、「おい!」と思いました。そういうところだー
社会人としてしっかり経験を積んできちんと生活をしている30代の大人の男性が、恋にはまってジタバタするような、そういう恋の物語でした。
これまでいくつもの失敗をし、同じくらい成功もしてきたとの蓄積が、言動から感じられます。それだけに、本当はもっと余裕をかましていられるはずなのに、好きな人を前に何故かみっともないことを口にしてしまったり、それでも浮き立つくらい何か楽しかったりと、翻弄とまではいかないですが日常に風が吹き抜けて瞠目するような、二人の気持ちが伝わってきます。
一言で言うと大人の恋だけど、地に足が付いている二人なので、読んでいて安心感がありました。
その一方で、子供っぽさというか、抜き身の感情が見え隠れするのにもぐっと来ます。
たとえば、奥村先生が、もともと教授選なんてまったく興味がなかったのにいざ負けると死ぬほど悔しかったと言っていたのが印象的。
おそらく周囲からもてはやされて持ち上げられて、いや自分なんてと本気で思ってはいても、やっぱり人だから気持ちのどこかではもしかしたらと思ってしまう、自らのそういうところを恥ずかしいと思う気持ちはとてもよくわかります。挙げ句に結果が伴わなかったので。
私は上巻を読んだときに、二人とも「やましさ」つまり秘密を抱えていて、下巻でそれが露見するのかと思っていました。東湖は悩んだ末に全部を奥村先生に打ち明けましたが(潔いほど正直に)、奥村先生はたとえば東湖のお兄さんと繋がりがあって、早逝したのを機に脳外科の道に進路を決めたとか、お兄さんの面影を東湖に見出していたとか、妄想逞しく想像していたのですが、全然そういう展開ではなかったです。
そうでなくてよかったとも思っています。
実際には前述のとおりで、ストレートに恋愛のお話が描かれていました。奥村先生に足りないところを東湖が補ったり、素直じゃない東湖をまるごと受け止めたり、よいカップルだと思います。
赴任先のドイツで、2年間の赴任期間を経て帰国する前に休暇をとって観光を楽しんでいた東湖は、足を伸ばしたクリスマスマーケットで好みの男性と出会う。彼も日本人で、2年の海外赴任、もうすぐ帰国というのも同じ、共通点に親近感をおぼえデートの約束をする、というところから始まるお話。
非日常の場所で出会った人は3割増しにかっこよく見えるといいますが、帰国して東京で再会してもやっぱりかっこいいなと見とれるくらいなら偶然の出会いに運命を感じても不思議ではないし、ましてや東湖の方はモテ男で恋愛慣れしているようで結構アグレッシブ。自分自身にブレーキをかけつつ駆け引きめいたこともする余裕があります。
東湖目線でお話が展開していくので、上巻を読んだところではタイトルの「やましさ」は東湖の方しか描かれませんが、お相手の奥村先生にも何かあるんじゃないのかなーと考えながら下巻に進みたいと思います。
塩対応で無愛想な奥村先生と、優秀な営業マンで笑顔のきれいな東湖は、並びのビジュアルがとてもよいです。