名前の付かない関係ってもどかしく感じることも多いのですが、この2人に関してはまったくそんな風に感じないので改めて稀有な作品だなぁと感じました。元同僚だから友人のような気安さもあれば、家族のような遠慮のなさもあり、もちろん、恋人のように愛おしさやときめきを感じることもあり。すべてが共存している居心地の良い今の関係にあえて名前など付けなくても、何でもない日に一緒に食卓を囲んだり、落ち込んだ時にそっと寄り添ったりするだけでお互い満ち足りている。ドライなようで、名前がなくてもこれだけ分かり合えているのはとても深い結び付きであるからかもしれない。2人の空気感をこれからも見守らせてほしいなと思いました。
とうとう久慈のこの素敵なおうちともお別れかぁ、と私も寂しく思いました。傍から見ている分には美しくても、実際に住むとなると家も庭も綺麗に維持するのが大変だったり、お金がかかったり、時代に合わない住みにくさがあったり、困難も多い。田舎へのダム建設のように久慈兄が悪者のように描かれるのではなく、彼は彼なりに反面教師だった父親とは異なる家族に優しい父として暖かい家を建てたいのだ、と久慈が弁護するシーンが印象的でした。それでも短い間にたくさんの思い出が詰まった家との別れに涙する吾妻が愛おしかったです。久慈も他人の吾妻がこれだけ泣いてくれたら、思い残すこともないでしょう。久慈の海外生活で再び離れた2人ですが、帰国後は当たり前のように最初に会って、相手の家に行って、セックスをする。言葉がなくてもお互い欲しいものを理解している空気感、最高です。
メイン2人の大人の魅力がたっぷり詰まった恋愛面が醍醐味なのはもちろん、久慈の古い家での飾らない日本らしい生活だったり、2人が父親や母親との関係性を見つめ直したりする現実的な側面の描き方もとても好きだなぁと感じました。久慈が劣等感を覚えていた兄だけど、彼には彼の苦悩があって。最後まで父親に部屋に入れてもらえなかったことを苦々しく思う彼と、幼少期は冷遇されているように感じていたけれど後に翻訳のノウハウを継ぐ久慈。人生、いいことも悪いこともやっぱり同じくらいになるようにできているのかもしれませんね。分かりやすい言葉を伝え合うことはないけれど、お互い結局離れられない2人が愛おしいです。
波真田先生の振り幅に改めて脱帽しました。ちょっとドライで大人な雰囲気満載の作品なのですが、時折激しい情が飛び交って、その落差にドキドキさせられてしまいます。キャラ作りも秀逸でした。攻めの久慈は常に飄々としていて何事にも一定の距離を置き、冷たそうにも見えるのだけど、最初に迫ったのは彼の方で、再会後も吾妻と関係を持とうとする意外な熱量にギャップ萌え。MRに疲れきって無職となった吾妻も、鬱になりかけた過去に同情したくなるのですが、自分の意思で医師を接待していたとあっけらかんと言える図太さがあり、久慈との新しい生活にもすぐ馴染む適応能力の高さに好感が持てました。この2人が互いにもっと執着していくのか、気になります。
同じ高校での日々が始まり、特別クラスの子たちはαの生徒と別棟ではあるものの、恵がとにかく終始浮ついているのが年相応で可愛かったです(笑)。つぐみはどこで誰といてもブレない自分軸がある分、カップルにおける面倒事や心配事の処理をするのは基本的に恵。彼の今までとこれからの苦労を思えば、ちょっとくらい恋人と学校で羽目を外したっていいじゃない、と甘やかしたい気持ちになります。つぐみの担任の永野は状況によって味方にも敵にもなりうる爆弾的存在でしたが、自分の欲望に素直で嫌いじゃないと思いました。2人のお互いを大切に想い合う気持ちはもう揺らがないし、まだまだ見守らせてほしいです。酔っ払った春告の醜態には笑わせてもらいました。
3年ぶりに風呂前先生の作品を読んだのでほぼ初めて読む心持ちでしたが、とにかく色白そばかすハーフの太郎が可愛かったです。目の色素も薄く外国人寄りの見た目なのに、英語を話せないコンプレックスがあり、女子にバカにされていてベースに劣等感があるところは完全に日本の自信がない男の子という感じ。お互い出会った時からびびっと来たという璢威にとにかく猫可愛がりされ続けて、必然的に好きになっていく過程に萌え転がりました。父親譲りのオープンさと真っ直ぐな行動力がある璢威は、初心で控えめな太郎にぴったり。素直で一生懸命な太郎の素晴らしさが、瑠威によって最大限花開いていましたね。瑠威パパ・アンヘルの話も気になるので、スピンオフを読むのも楽しみです。
上下巻を読んだ時は発想に驚き、新鮮味を感じましたが、こうして長編シリーズになってくるとこの物語はどこに辿り着くのだろう、と方向性が心配になってきました。今回はほぼ喬の自宅の部屋でセックスしていただけだったし、始まりが始まりで、オメガバースの仕組みを誰も知らない世界観だから仕方ないのだけど、お互いよく分からないままただ衝動を治めるために性行為し続ける絵を見せられても、あまりそこに萌える余地を見出せないなと思いました。
キャラクターが好みドンピシャだともっとハマれると思うんですが、喬も西央も私にとっては普通にいい子だなという程度のキャラなので、どうしてもストーリーの方を期待してしまいます。拙い主張ながら両親をなんとか説得した喬は立派でしたが、母親の気持ちを考えたら気が気でないだろうし、浮ついている高校生に将来考えろというのも無理な話だと分かってはいるのですが、つい2人のこれからをいろいろ心配してしまいます。
数年前に読んでいましたが、未レビューだったので再読。最初に読んだ時よりも、いろんな作品に触れたおかげか、理解できる部分が増えたように感じます。愛を死によって贈る。冒頭から読者にもユーリにも凄まじい衝撃を与えたトーマ。身勝手で一方的な押し付けのように思えるそれがそうではないと気付くのは、私もトーマも物語の終盤になってからでした。キリスト教信仰がどういうものなのか、多少知識が増えたことも、この作品の理解が深まった理由の1つだと思います。
天使の羽を引き千切られたと思い詰めていたユーリ。自分にも選択の余地があったのに、己の悪い心がサイフリートの手を取ってしまったことが、彼を果てしない罪悪の海に沈めてしまったのですね。どんな人間でも心の中には天使と悪魔を飼っているけれど、家庭環境から品行方正でありたい気持ちが誰よりも強かった彼にとっては、1つの間違いがあまりにも重かった。そんな彼に、トーマ、オスカー、エーリクは三者三様の愛を与えました。トーマがきっかけと揺るぎない赦しを与え、人間の複雑な情愛を知るオスカーがそっと見守る優しさで包み、エーリクはもう一度飛べる翼を分け与えてくれた。どれか1つでも欠けていたら、ユーリは立ち直れなかったかもしれません。
物語は別れで終わってしまうけれど、愛を取り戻したユーリ、愛を伝えることを惜しまないようになったオスカー、母親への愛を友への愛に昇華させたエーリク、皆良い変化を経ていて明るい未来への希望が感じられました。萩尾先生の愛の描き方には、いつも驚かされます。
真に孤独な人生が始まる前に、また、新たに孤独な生命を生み出す前に、圭が春の手を取る勇気を出してくれて本当に良かったと安堵しました。もちろん、彼がその選択をすることができたのは、春が諦めずに何度も圭の前に現れて行動し続けたおかげ。春もずっとすべてを曝け出せていたわけではない。彼にも臆病な部分はあって、圭との接し方を間違えたと後悔していた気持ちもある。
圭から見たら周りは皆自分より強い人、恵まれている人ばかりで心細かったかもしれないけれど、どんなに優れて見える人でも人間の心の強さというのはたかが知れている。春も瑠璃子も自分と同じ、脆い部分のある人間なのだと圭が気付いたことは一番の収穫だったのではないでしょうか。どんなに言葉で家族だと言っても、五十嵐家と血縁がない事実を圭が意識しない日はない。だったら血縁などなくてもあなたが帰ってくるべき場所はこの家なのだと、赤の他人であることを認めた上で春は娶るように圭を受け入れてあげたかったのかなと思いました。一度は瑠璃子に任せようと決断したくらい、子供じみた執着ではなく本気で圭の幸せを願っている春の優しさが沁みました。