執着・・・
ショタは基本的に苦手なんですが(というよりまず読めませんが)、これは好きなんです。とはいえ、通して読んだのは最初の1・2回くらいで、中学・高校編だけ何度も読み返してるんですけどね。やっぱり小学生はちょっと・・・
しかし、最近の作品からは想像もつきませんが、このころの渡海さんってショタアンソロジー専門雑誌(そんなのあったんだ・・・時代背景もあったんでしょうね)に継続的に載ってたようですし、ショタ作家の位置づけだったんでしょうか。
でも、この作品(の雑誌掲載部分)は小学生ですが、他のショタアンソロジーの作品はほぼ中学・高校生です。あとがきには『ショタじゃねえ!って言われてた』ようにありましたが。だから私も読めたんですけどね。
私は確かに『いかにもショタ!』はダメなんですが(でも中学生は違う・・・よね?)、このころの渡海さんの作品は好きなものが多いんです。
内容ですが・・・渡海さんの学園もののパターンから外れて、爽やかさはないです。ええ、これっぽちも。ドロドロ・重~い系統ですね。もうかなりイタタタ!です。でも私は好きなんですよね(ドロドロだからではありません。むしろ苦手要素ですから)。
私は、まあBLのパターンの一つですが『子どものころ攻が受を苛めていた』という場合、攻が反省もなく『好きだから』を免罪符のように平然としてるのがとにかく気に入らないんです。
その点、佐津(攻)はもうこれでもか!というくらい過去の自分の所業を反省し、日浦(受)に詫びているんですね。
この作品は『苛め』なんてものではすまないからというのもありますが、攻がここまで真っ当に『自分のしでかしたこと』と向き合うのってあまりないですね。
ただ、この作品の場合、攻が項垂れてることに対して溜飲が下がるというのはなかったです。日浦が静かに歪んでいるというか、病んでるので(佐津もか?)、反省したからどうということではないんですよ。
お互いに、もう言葉にならないくらい依存し執着している。とにかく、この執着具合の描き方がすごくよかったんです。
自傷もありますし、人によっては『痛い話』になるかも、と思いました(私はそうは感じませんでしたが)。
どこが、と言われると困るんですが、なぜだかすごく好きなんです。私の好みだけで判断するなら、もう『神』に近いですね。