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「お前と同じで 俺もラリってんの」
発売当時、帯の“お前と同じで俺もラリってんの”が衝撃でした。
アンダーグラウンドな世界を日常に落とし込む手腕がお見事です。
読んでいて幻覚を見ているような、掴みどころのないふわふわとした感覚があり、それでいて常にぴんと張った糸のような緊張感が漂っている不思議な作品です。
単純明快なお話ではないので、分かりやすさや直球の萌えを求めている方にはおすすめ出来ないと思います。
しかしその分想像の余地があり、読後感も含めて面白い作品でした。
圭馬の可愛さと狂気のバランスが絶妙。凪央の冷静さと情熱のバランスも絶妙。井戸先生の丸っこくて黒目がちな絵柄がヒヤッとするシーンにエモさをもたらしてます。
圭馬が祖父の受け売りで、同級生に向かって恋をロマンチックに定義するところに、彼の真に純粋なところが見える。序盤は純粋さと狂気、やや狂気が勝ち気味で、そら凪央も気が気じゃないわよと。ただ圭馬がヤーさんの家と理解しているのかいないのか凪央が帰るなら帰れるあたり、凪央も圭馬を見捨てることはないのだろうなと思える。見捨てられないところが彼の背負った業かもしれないが。
登場人物について考えを巡らすことのできる程度に彼らの感情についての余分な説明が減らされ、読み取らせる漫画なのが井戸先生の作品を愛してやまない理由のひとつ。
圭馬が凪央に硬い椅子を買ってあげることだって、恋だよ。
井戸ぎほう先生の作品は全て好きなのですが、中でも今作「B.S.S.M.」は1番心に残っています。
凪央は内向的で落ち着きがあり、派手ごとや危険を嫌う性格。一方で圭馬は社交的で落ち着きがなく、無知や好奇心も相まって次々と新しい物事に挑戦したがる性格です。この2人はこの性質の凹凸が見事はまってまるで親友のような関係でいるのですが、段々と互いの相手への思いの色の違いがはっきりし始めることによって、これまでのような”親友”という関係が段々と崩れていきます。
私はこの話から、「所詮人と人とは他人であり、それゆえ完全にわかりあうことはできないという人間の抱えるさみしさ」「それでも一緒に生きるために絶えず努力をし、手を伸ばしてわかり合おうとすることの美しさ」「そしてその原動力にあるものこそが恋」というテーマを読み取りました。運命的な話が多く好まれるBL界において、全くちぐはぐで、ある意味運命ではない2人を丁寧に描くこの作品の根底には、人間愛が感じられるような気さえします。もちろん、運命的な2人を描くBLも好きですが。
1番好きなシーンは、ラストの凪央の寝顔を見ながら圭馬が涙を一筋流す場面です。よく笑うようになった凪央。一方でよく泣くようになった圭馬。そしてその互いの変化に気づいている2人。このことからも、この2人が時間をかけながら相手のことをわかろうと努力してきたことが痛いほどに伝わってきます。余裕がなくて、一緒にいるだけで必死で、気持ちは抑えられなくて、でもその気持ちをうまく言葉にできなくて。この、かつて凪央が抱えていた”恋”を理解できたからには、2人はきっと強いよ、と圭馬に教えてあげたいです。
開けた圭馬と閉じた凪央の違いが切ない。
他作品もそうですが井戸ぎほう先生は好きな人に感じる
さみしい気持ちを描くのが本当に上手ですよね。
圭馬が凪央のさみしさに気づいてくれて本当に良かった。
淋しいでも寂しいでもなく「さみしい」なのも好きでした。
途中までは圭馬の危なっかしさにハラハラしましたが、
凪央を想う涙にとても感動しました。
「その後」の2人の変わり方が良くて、
互いを大切にし合ったことで弱くなった圭馬と強くなった凪央の
2人の関係性が胸にじんわりと滲みました。
こんな雰囲気の作品は初めてだなぁというのが、最初に抱いた印象です。とても不思議なストーリー展開でした。主に受けの圭馬の天然且つ無垢な性格が、その空気をつくっていたのだと思いますが、攻めの凪央もただ寡黙なわけではなく、心の中では圭馬に対していろんな激情を抱えていて、どちらも珍しいキャラに感じました。
これは圭馬が、凪央が自分に恋をしていると気付くまでの焦れったい過程でもあったし、彼がそれに気付くまでの時間を存分に使って、凪央が彼への気持ちを整理する過程でもあったのかな。凪央は物語開始早々に圭馬に性的行為を施すけれど、はっきりとした言葉は絶対言わないんですよね。だから同性愛だなんて考えも及ばないであろう圭馬は、凪央との行為の本当の意味がいつまでも分からないままで。友達を増やすこと、友達と互いにメリットのあることを共有すること、それが圭馬の考え付く限りの最大の楽しみであり、凪央との関係は圭馬の中でなかなかその域を出ないわけです。
終盤までずるずると曖昧な関係を続けた2人。だからこそ、クライマックスの涙を流し合う彼らが非常に印象的でした。正直、途中までこの作品で井戸先生が描きたいことって何なんだろうと分からずに読み進めていましたが、2人の涙を見て、感覚的ではあるけれどもすとんと理解できたような気がします。自分とはまったく違う価値観を持つ人間相手に恋をした時の複雑な心情が、井戸先生独自の表現で掘り下げられた面白い作品でした。