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表紙イラストがひじょうに魅力的です。
今までの杉原さんの作品とはちょっとイメージが違いますが、新鮮でした。
『恋の棘』は攻め視点、表題作であり後に収録されている『恋を綴るひと』は受け視点です。
攻めの蓮見は、和久井とは大学時代からの友人。
整った容貌を持ちながら面倒見が良いために、なぜか貧乏くじを引くタイプ。
受けの和久井は華奢な印象はあるものの、身長も高く涼やかな美形。
学生時代から変わり者で、現在は幻想小説家。
相変わらず自然に景色や状況が頭に浮かぶ、杉原作品。
学生時代のエピソードはあまりに和久井にピッタリはまって、もっと読みたい気分にさせられました。
「お返しにこれをオカズに」って(笑
大学卒業後5年ということで、二人とも27歳くらいでしょうか。
その間も月に2度ほど隣県の和久井の家を訪れている蓮見と和久井の仲は、進まずとも後退しない『友人』という枠。
ただそれでも、社会人となり日常の雑多に普通ならば疎遠となっても不思議ではない関係が続いてきた根底にあったものが丁寧に表現されていて、グイグイ引き込まれてしまいました。
蓮見の視点で進む前半は、蓮見が和久井の気持ちを掴めず翻弄されながらも、自分の気持ちに正直に行動するさまが清々しいです。
反面、後半の和久井視点は、彼の現在までを形作った過去が垣間見られ切ないお話になっていました。
ただ、和久井視点だからこそわかったことも多いのです。
和久井が蓮見からのちょっとした言葉などになんでもない顔をしながら傷ついていたり、『蓮見記録』なる和久井作の行動記録のようなものがあったり。
随所に竜神というフレーズは出てきますが、ファンタジーではありません。
言うならば、和久井が幼い頃に押し殺した心の半分を、『竜神が魂を半分持っていく』という伝承半分、創作半分の話になぞらえ、自分は何も感じない、悲しいことなんてないと諦めをつけているような感じです。
自分で『大丈夫、平気』と、魔法の言葉のように繰り返す和久井にすごく切なくなりました。
久々に読後もジンワリとくる作品でした。
切なさ全開(特に後半)ではあります。
ただ、それだけでないのが面白かったです。
ふたりの温度を感じるやりとりや友人たちとの会話、そして和久井の過去のからみ。
どれも紙の上の虚構という感じがせず、やっぱり杉原さん好きだわあと実感しました。
最後辺りまで読むとタイトルの意味がわかります。
タイトル、秀逸ですね。
挿絵の葛西リカコさんが大好きで購入したものの、積んでいました。
最近、小説に手を出し始めたので読んでみたのですが
何故、今まで読まなかったんだ?私よ!
個人的には、今年で最大ヒットきました!去年の作品だけど!(笑)
大学時代の友達同士が、想いを自覚して恋人になる話です。
とにかく受けの和久井が分かり辛い子なのですが、後半の和久井視点で納得。
全てをうちにしまい込んでしまう子でした。
恋愛も何も自分が何処にもいないため、蓮見への想いが何だったか分からなかったという切ないオチでした。
悲しい!寂しい!つらい!と感情を押し付けるよりも、悲しくてもそれが当たり前だから分からない方が辛い気がします。
あ、ARUKUさんの漫画がそうかもしれません。不幸なのに不幸が当たり前だから気にならないみたいな。
でも、最初から二人とも駄々漏れなので、色々あっても心穏やかに読めました。
物語の閉じ方とタイトルが秀逸で、読み終わった後暫く萌えでほわほわしてました。
本当、好みな話しすぎて、未だに興奮しております!
ただ、読む人をかなり選びますね。地味で淡々としたお話が好きな方には、かなりしみると思います。
おすすめ。
受けの心象風景として竜神や水の底に沈んでいくイメージが何度も登場するので、まるで揺らめく水の中を思わせるようななんとも不思議で幻想的な雰囲気が作品を包み込んでいます。
前半はオカン気質な攻め・蓮見視点。
後半は受け視点という二部構成ですが、後半が断然良かったです。
というのも、主人公である受け・和久井は一言でいうと不思議ちゃんで、思考回路が解りづらい!!
彼は魂を半分持っていく竜神がいると言われる不気味な池のほとりに住み、いつも死を夢想するような幻想小説を細々と書いて暮らしています。
そんな浮世離れした和久井を見放せず、定期的に訪れては何かと面倒を見る蓮見。
きっと和久井は蓮見の事が好きなんだろうなぁと思っていたし、蓮見自身もそう思ったのだけど、きみとはそういうつもりはない、ときっぱり言う和久井。
負け惜しみとか、ツンデレとか、意地っ張りとかそういうのではなく、あっさりとただそう言う。
蓮見に対しての独特の執着はちらちら見えるくせに、それが「好き」には繋がっていない様子にただただ面食らうのが前半部分。
だけど和久井視点に切り替わった後半で、「俺の魂の半分は、竜神の棲む池に沈んでるんだ」と事あるごとに呟く和久井の内側が少しずつ見え始めます。
「辛い気持ちは池の底に沈めてしまえばいい」とかつて一緒に暮らしていた叔父から何度も言い聞かされて育った和久井少年。
だから封印したい記憶は全て池の底に沈めて生きてきた。
そしていざとなったら水の中へ…と水に沈んでいく自分を想像する事で生を実感している。
周囲の事には鋭い観察眼を持ち合わせている一方で、己の心は沈めて生きてきたせいで、自分のことは何一つわかっていない。
溺れていることにすら気づかず静かに死にかけているような和久井。
そんな彼に向かって、蓮見がある事をズバッと単刀直入に言うのだけど、そこが物凄く良かったです。
真っ直ぐ差し伸べた手のように感じるあの言葉。
そして明かされる10冊にもわたる「蓮見記録」。
「恋を綴る」とあるけれど「好き」という言葉は一回も登場しない。
だけど蓮見との会話内容や服装、食事の内容など蓮見に関する事が詳細に綴られている。
和久井は自覚していなかったけれどそこには確かに和久井の恋が綴られている……
これを恋と呼ばずして何と呼ぶ、そんな気持ちになれる読後感も良かったです。
そして再読すると分かりづらいと感じていた前半部分ですら、何だか愛おしく感じてきてそれもまた良かったです。
残念ながら電子(シーモア)には挿絵が収録されていなかったので、そこが壮絶に無念すぎます!
竜神が棲むという池の近くに住んでいる受けは、まるで霞を食っているのではないかと疑われるくらいに浮世離れしている変人。
そんな変人にロックオンされて、世話を焼く羽目になっている攻め。
前半「恋の棘」はそんな攻め視点、後半「恋を綴るひと」が受け視点という構成です。
内容は、あとがきで杉原先生ご自身が「長年、友人だったふたりが、「作り話」という小さなきっかけによって関係を変化させるお話」とまとめられている通り。
しかし二人の関係が変化する前半よりも、受けのことが明らかになる後半の方が私には強く印象に残りました。
いつも物静かで凪いだ水面のようで、観察眼は鋭いのに物事の受け止め方が普通とは違う受け。
そんな人間がどうやってできたのか、受けはどうしてそんな人間になってしまったのかが明らかになったとき、なるほどそういうことなのかと納得せざるを得ない。
さびしい、悲しい、切ない。でも前半部で二人の関係性が変化していてよかった、この関係があってよかったと心から思いました。
静かに淡々と描かれる心情が重々しい。
しかしだからこそ、何度でも読むに耐える、心に沁みる作品だなと感じました。
静かな作品が苦手な人には向かない作品かもしれません。
でも同じ杉原先生作品の『スローリズム』などがお好きな方にはいいかと思います。
風景の描写が素晴らしかった。
蓮見視点では謎が多かった和久井だが、すべての行動の意味を知ってから見ると可愛くて思えてくる。
こういう不器用な生き方しかできないのが切なく、愛おしい。
寂しいことを寂しいと言えず、心の傷を気づかないふりをして池の底に沈めることで自分を守る幼い子供を想像するだけで胸が苦しくなる。
蓮見も自己主張が激しすぎず、大人しい性格だが面倒見が良く、和久井をずっと支えてくれてとても良い友人だと思った。
静かな夜に読みたい作品。