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文庫サイズで、表紙も過激でないので、こっそり本棚におけて嬉しい。
はじめに収録されている「本当に、やさしい。」では、訳ありの2人が出会い、結末としては別れてしまいます。非日常のことなのに日常のように登場人物の過去や気持ちがすっと入ってきて、描かれていないの過去や心情を考えさせられました。
2人とも、母親から欲しかったものは、全てを受け入れてくれる包容力だったのかなと思いました。やさしさが欲しかった2人の明暗は、殺してしまったのか殺さなかったのか。それは結果論なのかもしれないななど、読んだ後に心に残り読み返したくなる作品ばかりでした。
表題作の他に4つの短編が収録されたこの本。
どれもテレビドラマになっていても何ら不思議でないような普遍的なお話。
よしながふみさんの作品はほとんどそうですが、BLという枠内にあれど、何処にでも行ける身軽さを持っていると思います。
『ソルフェージュ』は小学校の音楽教師(やる気のないボンボン)・久我山と、音楽学校受験の為に彼に基礎から教わる田中の出逢いから十年にわたるお話。
久我山はゲイで、其れが元で展開されるスキャンダラスさが物語の一面であり、でも一面に過ぎないと感じさせるのが音楽によって動かされてしまった人々の姿。
久我山はもちろん、世界に其の名を轟かせるまでになった田中、合唱部に居た久我山の教え子で、親に医者になれと云われていたのに音楽教師になった津山。
私は、歌うべき人が歌っている場面に遭遇するととても心を揺さぶられます。
音楽の持つ力、歌声の力は言葉にし尽くせないものだと感じる方にはぐっと来ると思います。
田中は歌うだけで人の心を掴んでしまうけど、十年ぶりに久我山と逢って話したら中身は全然変わってなくて。
そういうの凄くたまらないなぁ。其のさり気なさ。
恋人なんて不確かなものじゃなく、より強く繋がる(と思わせる)幕引き。この終わりかたがまたいい!
『本当に、やさしい。』
最後まで噛み合わない人と人がいっとき交わって、其れが一方の心に深く痕を残す。
先入観が無ければ受け取れるものってきっと多いなと思わせられる。
『パンドラ』
髷モノはいーいですねぇ。錠前破りの天才・静と簪職人の辰。今は足を洗って二人で暮らしている。静はくせっ毛で髷を結えないっていうのが、辰を惑わす色気の一因なのだと。
『すこしだけ意地悪な告白』
ロースクールで一緒だった弁護士と作家が遠回りしてやっと想いを通わせるお話。
この弁護士が、買った食材を袋ごと街角のゴミ箱にガコンッと捨てるシーン、アメリカ映画にありそうだ~と思うのです。
ソルフェージュとはイタリア語で、声楽家の為の歌唱訓練および練習曲集に由来し音楽家の基礎教育の事だそうです。
よき指導者に恵まれるかどうかで自己形成には少なからず影響すると思う。
学校がすべてでは無いけれど、そんな出逢いを果たせたならと少し羨ましくなります。
「大地讃頌」や「巣立ちの歌」懐かしいなぁ。
◆昨日よりいつも違う日
踏んだり蹴ったりな1日を過ごした大谷が、その日の最後に体験したこと。それは、なぜか思い詰めた親友の四谷に襲われること。どうしてそうなった?と大谷も読者も思わず疑問だらけになってしまうのですが、ちゃんとオチもついてすっきり。その日は最悪だと思っても、案外後になってあの時ああなって良かった、と思えることってあるかもしれない、そんな風に思った作品でした。
◆すこしだけ意地悪な告白
作品自体は短編ですが、この作品のメインであるギルとショーンは実に長い年月をかけた、大恋愛を見せつけてくれました。我慢と根気強さを自らに強いていたショーンの覚悟がすごいなと。ギルはこんなに彼に想われて幸せですね。今まで想われた分を、今度は彼もショーンに返していって欲しいです。
◆ソルフェージュ
音楽教師である久我山の、教えるのは上手だけど、生徒をさほど可愛がるわけでもなく、自分に自信があるように振る舞う大人びた態度がすごく素敵でした。可愛げがないとも言えるのかもしれないけれど、そんな彼に臆することなく真っ直ぐぶつかっていった者だけが、きっと彼の芯にある可愛い魅力に気付くのでしょう。田中はまさにそんな青年だった。一度は離れて、互いに酸いも甘いも経験した。それでも田中が久我山を忘れることはなかった。覚束なかった子供は大物になって帰ってきたけれど、根っこの部分は何も変わらない。2人のやりとりが、甘酸っぱくて終始可愛いなと思いました。
最近の先生と生徒が主役の作品は、法令遵守の意識が高めのものが多い気がする。そこでいうとこの作品は先生の流されぶりや、小高い丘の上に車椅子で登場するあたり一昔前の演出だなぁと。ただそれが古臭すぎないのはやはり作家のうまさにあるのだろう。悲惨なラストにもできるのにややお笑いに持っていくのもよしながふみらしい。いくつかそんな作品が他にも思い当たる。といってもそれは表題の話して、悲しさなのか虚しさなのか…が最後に残る作品もある。なかなか渋い一冊。
さて、この本は少々ややこしい構成になっています。
後半・141頁以降は表題作であり、花音コミックスの
同名単行本の再録、それ以前の部分はビブロス刊行
『本当に、やさしい』から『執事の分際』シリーズ3作を
除いた4作品を再録した形になっております。
単純な合冊で無いのでご用心下さい。
「パンドラ」の内容とタイトルのギャップに舌を巻きました。
その観点で表題作を読むと、又新たな発見があるやも
知れません。