無償の愛情で救われる人間を描き、「ダ・ヴィンチ」誌上でBL界の芥川賞と評された傑作!

箱の中(文庫)

hako no naka

箱の中(文庫)
  • 電子専門
  • 非BL
  • 同人
  • R18
  • 神144
  • 萌×28
  • 萌7
  • 中立7
  • しゅみじゃない11

217

レビュー数
37
得点
780
評価数
177
平均
4.5 / 5
神率
81.4%
著者
木原音瀬 

作家さんの新作発表
お誕生日を教えてくれます

媒体
小説
出版社
講談社
レーベル
講談社文庫
シリーズ
箱の中
発売日
ISBN
9784062773256

あらすじ

痴漢の冤罪で実刑判決を受けた堂野。収監されたくせ者ばかりの雑居房で人間不信極まった堂野は、同部屋の喜多川の無垢な優しさに救われる。それは母親に請われるまま殺人犯として服役する喜多川の、生まれて初めての「愛情」だった。『箱の中』に加え、二人の出所後を描いた『檻の外』表題作を収録した決定版。

●箱の中
●脆弱な詐欺師
●檻の外

※本書は2006年3月に蒼竜社より刊行されたノベルス版『箱の中』と、同年5月に刊行されたノベルス版『檻の外』表題作を、『箱の中』として一冊にまとめたものです。

(出版社より)

表題作箱の中(文庫)

喜多川圭,同房の受刑者
堂野崇文,痴漢冤罪で有罪になった会社員

その他の収録作品

  • 脆弱な詐欺師
  • 檻の外
  • 解説:三浦しをん

レビュー投稿数37

三浦しをん氏のあとがきが全てを語る

いよいよ、木原作品がBLを全く知らない人々にもお目見えする時がきました!!
と皆様、ドキワクして待たれたことでしょうこの文庫版。
発表になったとき、番外はどうなるのか?あの「すすきのはら」は入るのか?じれったいほどの気持ちで待ったのですが、番外は入らないとの情報に、そして表紙絵がアップされたとき、草間さかえイラストは絶品だったのに何故という気持ちもなくはなく。。。
しかし、この文庫本を読んで、一般文庫として出た意味を思ったときに、すごく納得できる構成でありイラストだったのです。
表紙に作中の人物イメージを持たせず、あくまでも文章の中で読者が読んで頭の中で作り上げていくための表紙なのだとも思えるのです。
『箱の中』からは表題と『脆弱な詐欺師』
あとがきにかえて、という描き下ろしの喜多川を騙した探偵のその後を描いた「それから、のちの」ははいっていません。
『檻の外』からは表題のみ。
皆が多分、安堵し、そして号泣した「雨の日」と「なつやすみ」は入っていません。
ええー!?あの「なつやすみ」があるからこそ、この二人の有様が~とも思うのですが、そこが一般小説として文庫で出た意味でしょう。

あとがきは、今絶好調で「腐女子の援護射撃する代弁者」(←勝手にネーミングw)三浦しをん氏が書かれています。
この氏の書かれているあとがきは、まんま読者の気持ちであり、腐女子の代弁そのものだと思いました!
BLとは一体どんなジャンルぞや?という、わかりやすい比喩を交えた解説をしてくれておるのですが、
先に述べた「雨の日」と「なつやすみ」はその”BL”として完結するための存在の話なんだということを納得するのです。
きっと、本編を読んでいたく共感した人は、その後を知りたいと思った人は、BL本で読んでみてよ♪
そしたらあなたもその日からBLに片足突っ込んだ人になるのよ♪的な・・・(すごいぶっ飛び解釈ですみませんwww)やはり援護射撃的なモノになっていると思います。
かといって、おしつけがましくなく、一般小説としても大変に受け入れてもらえる要素を多分に持った素晴らしい小説だということはきちんと述べられております。
この、しをん氏のあとがきも必読ですね。

本編への言及は、もう必要ないかもしれません。
痴漢冤罪であくまでも罪を認めず最後まで戦ったが為に最も理不尽な思いをしなければならなくなった主人公・堂野が、刑務所の中で辛い思いをしているときに、同室の喜多川に好かれる。
その刑務所内での出来事から、出所後の話、そして再会の話で構成された話。

何度読んでも、堂野に同化して辛くて苦しくて、一緒になって慟哭を覚え胸が苦しくなる前半。
必死で堂野を探す喜多川の、身を削って人を信頼して騙されるほどの、その執着に悲しさと憤りを覚える中盤。
人を愛することの意味を真摯に知らされる後半。
何度読み返しても、何度も何度も同じ体験をしてしまうほどのすぐれた作品だと思います。
愛だの恋だの、甘い部分が全面に出ておらず、そこに人の汚さやずるさも挿入されるからこそ、きっとBLを知らない読者にも自然に受け入れてもらえるはずだと思います。
これはこれで、正々堂々と本棚の前面に飾って大手を振って見せ付けられる本が一冊できたのではないでしょうか?
番外はないけど、本編だけでもとても好きですし、素晴らしい作品なので、そして一般文庫としての構成の仕方も納得でしたので、当然評価は「神」を付けさせていただきます。

31

東雲月虹

度々失礼致します。東雲です!
お返事いただきまして、誠にありがとうございます!
以前コメントさせていただいた時より緊張しました!!w
(あの頃は始めたばかりで、どれだけ凄い方なのかちゃんとわかっていなかった;)
やはり大御所様からお返事いただくと恐縮してしまいます…。
ドキドキしすぎて先程は旧版を旧盤と誤字を…失礼致しました。

HN、いやいやいや!そんなたいそうなものではございません!
茶鬼さんは、きっと“さきさん”っていう本名で、当て字なのかと予想していたら
まさかのチャッキー…w
いい意味で裏切られましたよw
こっそりくすくすさせていただきました☆
画像の猫ちゃんも誇り高い気位を感じさせますね!

お父上の本棚にゲイ小説とは!?
それはいわゆる…三○作品なのでしょうか…。
もしそうでしたら、『箱の中』もきっと楽しんで下さる事でしょう!w

ではでは、これからもレビューを楽しみにしております♪
ありがとうございました!感謝を込めて!!

茶鬼

東雲月虹さま

コメントありがとうございます(=^0^=)
HNのスレを見て、”げっこう”とも”つきこ”とも趣の深い読み方のできる名前だな~と思っておりました。
確かにこの本は一般向けなので、BLを読みたい人にはHOLLYの本を読むほうがよさそうです。
1Pづつのすり合わせは細かくしませんでしたが、要所要所を比較しましても多分手はくわえられてなさそうでしたので。
それにBLと違って一般文庫なら、いつでも書店で見つけることができると思うので、その点も安心できると思います。
私も、この本を今度実家へ戻ったら父親にさりげな~く渡そうかと企んでおりますw
ゲイ小説が本棚にあった父親ならきっと(笑)

東雲月虹

レビューを読んで鳥肌がたったのは初めてです!!
流石としか言いようがありません!!

「すすきのはら」が無かったのにはかなりがっかりしてしまい、
草間さんの“世界観ドンピシャ!”の挿絵も無いのが寂しいですが、
一般文庫として、に納得致しました。なるほどー!!

ここはひとまず、旧盤を読み返してまた素晴らしさを味わおうと思います。
今月新刊ラッシュなので(泣)
落ち着いたら文庫を買って、母(65歳)に読んでもらう事にしますw

いつもとってもためになるレビューをありがとうございます!!

茶鬼

こんにちは、カイさま。

皆さん期待の「すすきのはら」はありませんでした(´;ω;`)
そして、一般文庫本ですのでもちろん、挿絵も扉絵もまったくありません。
電車の中で読んでいても、堂々と中身を晒して読める本になっております。
確かに、既に持っている人には全くの重複で愉しみは減少した本にはなっていると思います。
なので、BL読者としてはhollyのほうが断然おすすめかもしれません。
ノーマルな人への布教には、新書より活字が大きく、本の厚みもさほど気にならないほど読みやすいので、この文庫は勧めやすいかもしれません。

後世に語り継がれる文庫化。

はじめに↓
①すでに旧作を所持し、購入を迷われている方。
同じ作品だけど、まったくの別物です。と言いたくなるほど印象がかわります。読んでみなければ味わえないので、少しでも関心があるならば読んでみることをオススメします。
②未読のため、旧作か文庫版か迷われている方。
BLの心得があるなら旧作。ない方は文庫版。が無難かと。

それでは本題。
もし「この先一生1つしかBL作品を読めなくなったら何を選ぶか」ときかれたら、
いろいろ迷った末、私はいつも最終的には『箱の中』と答えてしまいます。
そして慌てて「あ、でも『檻の外』込みで!」と付け加えるハメになる。
だって、2冊は切り離せない。誰よりも純粋な心で愛を貫いた『喜多川圭』という男の人生を描いた1つの作品だと思うからです。
今回、ついにその傑作が1冊にまとまり、しかも一般書として文庫化するという。
心の底から驚きました。そして、よくわからないけど興奮し震えました。
一読者にすぎないけれど、「敬愛し傑作と崇める作品がより多くの方に読んでもらうことができる!」というのが、こんなにも嬉しいとは!

普段は、旧作を所持している作品の決定版や新装版を買うことはないのですが、他の熱烈なファンの方々と同様、アマゾンでの手軽さを放棄して自分の足で買い求めずにはいられませんでした。
書店にいく間もずっとドキドキそわそわ。書棚に平積みされている姿をみた時は涙が出ました。
すでに内容を知っている作品を買い求めて行っただけなのに、書棚の前で泣くなんて普通じゃない。
こういう感動の仕方ははじめてです。後にも先にもこの瞬間だけのような気がしました。

■一般書とBLノベルス、2つの『箱の中』
同じ作品だけど、まったくの別物だった…!
これは意外な新発見でした。
正直、中身は同じなのだから、明確な差があるとは思っていなかったので、コレクション目的で購入したのですが…読んでびっくり!!
「見た目の装丁が異なるだけでこんなにも印象ってかわるんだ!」と、目からウロコの発見でした。
【一般書】版はボーイズラブではない。
とまでいうと語弊がありますが、辛い経験をした囚人たちが真実の愛を知る話、という比重が強かったです。
だがしかし、その後【BLノベルス】を読み返してみると、ビックリするくらい「BLを読んでいる」って感じがしました!
身内にススメるのは少し躊躇われる気恥ずかしさがあるというか…。
内容は同じなのに、不思議なものです。
読むまではやはり文庫版の装丁が気になりました。でも、BLジャンルというフィルターを外して、単純に作品自体に向き合って読んでほしいと思うなら、BLを想起させ、あるいはBLオーラを盛り上げるような要素は思い切って捨てるべきなのですね。
その読者心理まで計算抜いてのあの装丁。感服いたします。

■一般書・同性愛作品とBL。
文庫版を読んで考えずにはいられないのはやはりコレ。
この二つの違いはどこにあるのでしょうかね。
『ジャンル』について、その長所や短所を含め三浦しをんさんが解説で語っていたことに大きく頷きながら、改めて考えさせられる作品です。
一般書の形で同性愛を扱った名作としては、長野まゆみ作品や高村薫の『李歐』などがよく知られていますが、これらはBL愛読者だけでなく、広い層に読まれ支持を得ています。それらに匹敵するとも劣らない傑作である『箱の中』。読者層を分けるのはやはりジャンルという壁なのか…。
そんな中、「だったら、一般書という形で提供するから読んでみてよ」というような、前向きかつ挑戦的な今回の試み。本当に素晴らしいと思います。

これをきっかけに、BLというジャンルにも唸らせるような傑作が存在するということを、多くの方に知ってもらえるといいなと思います。
そして、もっと広い視野で【同性愛】という要素をとらえ、BL作家だけでなく、他の多くの作家に同性愛を扱った作品を書いて欲しいとも。
現在、同性愛を扱った読物のほとんどは、BL作家さんによるものですからね。BLジャンルに限らず【同性愛】というテーマはもっと広く扱われるべきです。
映画界がそうであるように、日本でも同性愛を扱った万人向けの読物がもっと沢山出てきてほしい。
そういう意味でも今回の文庫化は、BL業界、ひいては日本における同性愛作品全体に関わる大革新ではなかろうか……と思ってしまうのは大げさでしょうか。
数年後、数十年後に振り返ってみたときに、
「あの時、あの作品を一般書として文庫化したから、いまの日本の同性愛作品がある」
と語り継がれるような1冊になっていたら…と願ってやみません。

■最後に。文庫化にあたり、収録されなかった短編について。
『箱の中』…【それから、のちの…】
『檻の外』…【雨の日】【なつやすみ】
番外編【すすきのはら】
囚人たちを通して真実の愛を探求した作品、という一般書としてなら「なくていい」というのは正論でしょう。
ただ、個人的には、喜多川圭という男の人生を描いた作品、と思っているので、私の中では【なつやすみ】がなければ完結しません。
彼が生き、人と出会い、心を知って、愛を貫き、一生懸命に尽くして、死んでいく話だからです。
実際に喜多川自身の目線で描かれたエピソードは【雨の日】のたった1話しかないですが、様々な登場人物の目を借りて喜多川という男の一生を繋ぎあわせた作品だと。

その人の最期の瞬間までを描いた作品はジャンルを問わず、けして多くないです。
もし、文庫版だけしか読んでいないのであれば、一人の人間の生涯を書ききった作品としても【なつやすみ】まで楽しんでみてください。

26

人間の醜さ、狡さ、弱さから目を背けず見つめる瞳とそこをえげつなく書きながら愛してくれる木原音瀬という救い。

 正直に告白します。
 私はディズニーランドが苦手です。もちろん素敵な夢の国だと認識しております。
 けれど、幸せそうな親子連れや素敵なカップルや元気いっぱいなキャラクターたちに囲まれたあの世界にいると「お前みたいな醜い、人間として汚れた人間の来るところじゃねえ!」と言われている気がして、居たたまれない気持ちになります。
 わかってます。ただの僻み根性です。

 勧善懲悪な物語が正直苦手です。
 正義の味方に雑魚キャラが無造作に殺されているのを見ていると、「彼らにもいろんな事情があってそこにいるんじゃないの?」と思ってしまいます。

 90年代のハリウッド映画が苦手です。主人公とその恋人さえ助かれば、それでいいのかと思わせるような展開が。その主人公をかばって死んだ人やたまたまそこに居合わせて巻き込まれて死んでしまった人に対して、何の罪悪感も感じていない彼らのラストの笑顔を見ていると無性にフラストレーションが溜まります。

 私が木原音瀬に初めて出会ったのは、小説BーBOYの『水のナイフ』、です。
 いっぺんでファンになりました。まさにこういう小説が読みたかったのだと思いました。出てくるキャラクターが不細工な受けと性格の超絶悪い攻め。そして居たたまれなくなるようなストーリー展開。そうそう、そうだよ。人生なんて恥ずかしくてみっともなくて思い上がっては落ち込んで…その繰り返しだし、いい人ばかりの世界観なんて、うさん臭くて。嫌な奴に遇うのが出会いで、でも一番最低なのは自分自身だし。
 そんな醜くてずるくてダメな奴でも、恋ができるかも…
 そういう夢を初めて見せてくれたのが木原音瀬だったと思います。

 それまでのBLの世界は可愛くてあるいは美人できれいな受けと男前の攻め、カッコイイ攻め、完璧な攻めばかりで。「そんな男いるか!」と思うような魅力的な攻めが可愛くて健気な受けを見初めるとか。美人だけど不器用な受けが素敵な攻めにその弱さを包容されるとか。
 それももちろん好きですが。
 ある意味、そりゃ愛されるよなと。それだけの要素がそろってたら男同士でも成立するわな…という。でもじゃあ醜くて性格の悪い人間はBLの世界ですら救われないんだなあと。もちろん現実ではそういう人間はもっとも愛から遠いことはわかっていました。
 けれどファンタジーの世界でまで、愛されないんだなあと。恋する資格すらないんだと。どこか絶望にも似た淋しい気持ちでいた私に。
 木原音瀬はさまざまなキャラクターやストーリーでめいっぱいの夢と救いを与えてくれました。
 容赦なくその欠点を暴き立てながら、そらさない瞳の奥にどうしようもない人間への愛を感じるのです。
 「これでも相手を愛せるか?」そういう問いを私たちに与えながら、「生きていても良いんだよ」と許されている感覚。
 そして、もちろん小説としての面白さ。
 いろんな世界を描き出し、いろんなキャラクターを生み出して。
 「小説を読むことの楽しさ」を心置きなく与えてくれます。

 子供のころから、ミステリーが好きでした。
 謎が解けていく爽快感はもちろんですが、人を殺すというそのネガティブな行為の裏にある悲しみや絶望や怒りや憎しみや醜さ。そこに安心するのです。
 私と同じでダメな人がいるんだなと。生きるって悲しいことなんだなと。
 
 この『檻の中』を都合三回体験しました。雑誌とホーリーノベルズとこの文庫。
 すべての人に愛される作品ではないのかもしれません。
 けれどいろんな形を代えて、たくさんの人の手に届いたら素敵だなと思ってやみません。
 「自分など生きている価値もない、ろくでもない人間かも…」と思っている人が。
 一般文庫になったことでその方たちの手元に届きやすくなり。 
 「明日もとりあえず生きてみようか。少なくとも木原音瀬の作品、すべて読むまでは」
 そう思ってくれる方が一人でもいたならば。
 それだけでもこの文庫化には意味があることだと思うのです。

 三浦しをんさまの解説が素晴らしく。ほかの皆様のレビューも的をついていて、素敵で。
 私ごときが何をいわんか…と思っていたのですが。
 やっぱり大好きだから。
 木原先生の誕生日も過ぎたことだし。はた迷惑な私の先生への愛を叫んでみました。
 不愉快になられた方、本当にごめんなさい。

 
 
 
 
 

24

人間にとって本当に必要な愛とはなんなのか

この小説を読んで、はじめに感じた印象は、「隙間」だった。登場する人物、それが主役級であっても、外見容姿、印象や性格に対する説明が、いわば「隙間」だらけだったのである。刑務所での生活、規則等についてはその都度説明があるが、必要以上の説明は無い。堂野以外の登場人物達の背景や想いも、描写されていない。このように余計な描写が無い分、我々読者は、想像力を働かせ、また人物達の動きに注意を払って、物語を読み進めることになる。しかし不思議なことに、それが却って彼等の感情面に、説得力をもたせた。


① 果たして、堂野にとって喜多川は「迷惑」でしかなかったのか。

喜多川の堂野への執着は、無論「尋常じゃない」といえば尋常ではないが、彼の生い立ちがその「尋常じゃない」にはっきりと理由付けをする。彼のような生い立ちを持つ人間は、この本に触れる確立は低い。故に、彼に共感しようとしても、大抵の読者は難しいと感じるに違いない。となると、読者はまず、堂野に共感しようとするだろう。だから数名のレビュアは、堂野を自分に置き換えて考えてみたときに、喜多川の執着を気味悪いと感じたのかもしれない。確かに堂野と喜多川の関係は、堂野が喜多川を拒否できない状況から出発している。しかし、喜多川が、まるで「犬」のように懐き、堂野が自覚する程の好意を寄せている状況からは、堂野にも充分「拒否する権利」は生じている(そして時にはその権利を行使した)、のにもかかわらず、ストレートな告白以降も、堂野は、エスカレートする喜多川の同性愛行為を赦している。自分に言い訳をしながらも、“赦している”という時点で大きく他とは異なるのだ。柿崎に迫られた際に出た悪寒のような「鳥肌」であったが、同じような表現は、喜多川との行為の時には使われていない。

そして何よりも、「芝」という存在が、大きい。彼はいわばリーダー的性格、兄貴肌であり、頭もキレ、鋭い観察力を持ち、そして空気を読むことができる頼れる男だった。そして芝は、堂野に対しても終始平等に接し、面倒をみ続けた。そんな「芝」が、夜中に狭い部屋で繰り広げられる喜多川の堂野への執拗な行為を、止めない筈がないのである −−− もし、堂野が本気で嫌がっているのだとしたら −−− 。つまり、彼は見抜いていたのだろうと思う。堂野が本気で嫌がっているわけではないことを。または、このふたりの間に流れる、独特の不可侵的空気を。揉め事を極力さける芝の「我関せず」が堂野と喜多川の関係の質を物語っているといっても過言ではない。

もうそれだけで充分なのである。それだけで充分、この問題、この関係は、喜多川と堂野の間の問題で、ふたりがどうしたいか、それだけにかかっていて、読者はそれを見守ることしかできない立場に置かれる。そこに堂野への感情移入も、喜多川への戒めも通用しないのだ。


② 喜多川は、なぜ「堂野」でなくはいけなかったのか?

喜多川は、一途な男だ。その一途さは、たとえ彼の執拗な執着に眉をひそめる読者の心も動かす。なんの変哲も無い平凡な男である「堂野」を想い続け追いかける喜多川は、堂野と違い、整った顔と、若さと立派な身体を持っている。じゃあ、なぜそんなにまでして堂野でなくてはいけなかったのか。

世間知らずだった彼に、人の「情」を伝えようと"試みた"初めての男であること以外、堂野はこれといって何もない。

この作品の第二の大きな特徴、それは、喜多川と堂野の関係が、「依存」とはまったくの別物であることだ。「見返り」「利害関係」以外しか、人間関係の在り方を知らなかった、という喜多川の生い立ちとキャラクターの設定は、逆に彼と堂野の関係に「理性」と「冷静」という非常に重要な要素を与える。教師でも無ければ宗教家でもない堂野は、喜多川の「理屈」には刑務所を出る最後まで勝てなかった。「依存」とは異なる関係であること、それは、依存が、「見返り」や「利害関係」でしか人間関係を構築出来ない男の内には生じない現象であることから容易にみてとれる。「依存」でないふたりの関係は、つまりは「自然の流れ」と共にあることを、読者は常に感じていなければならない。


④ 愛情はどこから湧いてくる?

読者は多分、あの事件が起こらなかったら、堂野は喜多川を受け入れなかっただろう、と思うだろう。確かに、あの事件は、堂野も喜多川も関係の無いところで起こった事件で、まさに偶然だった。偶然のお陰で、露呈した事実をきっかけに、堂野は喜多川との人生を選んだ。釈然としない感情を、読者も、そして堂野も感じる。しかし一方で、堂野の麻理子への冷めようは凄かった。その熱の冷めるスピードと温度の低さには、驚く。そしてそこで堂野は自身に問うのだ。「確かに自分は、麻理子を愛していたはずだ」と。では、まったく同じような事件が、喜多川との間で起こったとしたら、堂野は同じようなスピードで熱を冷ましていくのだろうか、と読者はふたりに問うてみる。すると、多分、あのようには冷め切れないだろう、と確信がもてるのだ。そして、ああ、愛とは、そういうことか・・・、と妙に納得する。

様々な「愛」がこの世には存在している。だから、堂野と麻理子のような関係を、愛では無かったと結論づけることは、してはならない。しかし、堂野にとっての「愛」は、「喜多川の見せる愛」であった、というだけなのだ。自分の内側から沸き出るはずの愛ばかりを探して見失っていた人間が、誰かがぶつけてくる愛を、愛だと受け入れ、信じられたとき・・・堂野の愛は、喜多川の愛と交じり合うのだ。


三浦しをんさんは、こう書いている。

「本作は、愛によって人間が変化していくさま、真実の愛を知った人間が周囲の人間に影響を与えてくさまを、高い密度で表現している」(『解説』より抜粋)


・・・まさに、その通りだろう。

13

コノハラナリセ 完璧

旧本も 神。
文庫も 神。
完璧です。

泣きました。
号泣です。
大好きな木原作品が 全国民に読んでもらえる。
感無量です。

今日 本屋に行って買ってきました。
平積みしてある中 おじさんと若いお兄さんが手に取って
買っていかれました。
それを見て 本屋で実は泣きました。
素晴らしい作品は 誰が読んでもきっと心に
残ることでしょう。
一般書としても私は有りだと確信できました。

喜多川と堂野の恋愛は 純粋です。
魂を揺さぶられます。
正直に生きている人達の物語です。
ぜひ! たくさんの方に感動を味わってもらいたい。 

10

愛を考える

初めて読む先生。
小説に恋をした気分だ。
帯にも説明文にもBLと記載があるが、そんなことは関係なく色んな人に読んで欲しい。

自身は、予備知識ゼロで本作を読んだ。
小説は、ほとんど読まないが、今回ばかりは一気読みした。
これだけ集中したのも、漫画を読む以外では稀だ。

情景が浮かんで来る文章たちのおかげで、ずいぶんとお話に引き込まれた。

未だ苦しい気分だ。
かなりストレスがある設定(箱の中)が散りばめられていた。
それとは対照的に、無垢な情(愛情)が書かれていて、胸が締め付けられた。
そんな状態で、虚脱感がたまらない。


「脆弱な詐欺師」は、出所した喜多川が5年の歳月を経て堂野へ繋がる一歩手前までを、探偵の目線で描かれている。
ここで班長が登場するが、これがストーリーをギュッと引き締める形になっていて、スッとした。
「檻の外」では、刑務所の中で言っていた喜多川の思いは、そのまま実行された。
そして、喜多川に愛情を教えたい堂野は、色んな事由でその情に悩まされることとなる。


愛ってなんだろう?
それが最大の問いかけに感じた。
この小説では、“好き”より“愛している”の表現が多かったからなのかな。

言わなきゃ伝わらない、されど言い過ぎると希薄になる。
なんて難しい言葉なんだろうか。

誰かを大切に思うこと。
誰かを思いやる気持。
心からそう思い、体現できること。

解説で、三浦しをん氏も仰られていた。愛は決して美しいだけではない、とも。


これ以外にも考えさせられる言葉がたくさんある。
自身を見直すような、そんな作品。
そして、反芻したくなる、作品です。

表紙の美しさも目を引きます。(読まないと美しさが伝わらないかも)

7

言葉にできない


BLという代物はわたしにとってある種の娯楽であり、あまり公にできない密やかな趣味でした。
もともと活字を追うことが好きで、“BL”という枠組みでなしにできるだけ沢山の小説を読んでいきたいと思っていたので、世の名作と言われる作品をある程度は認知していたつもりです。
しかし、今回本作を読ませていただいて、「こんなに素晴らしい作品があったのか…!」とBL小説としてではなく、ひとつの作品としてひどく衝撃を受けました。
稚拙な文章しか書けない自分がこの作品のレビューを書くのはあまりにも滑稽だと感じましたが、この素晴らしい作品を一人でも多くの方に知ってもらうため、この場をお借りさせていただきます。

本作の主人公・堂野は真面目でまともな公務員。
家庭は持っていないものの、家族とそれなりに幸せな毎日を過ごしていた、極々平凡な男でした。
そんな彼の人生を一変させたのが、身に覚えのない痴漢の罪です。
もちろん彼が罪を犯したわけではないので冤罪を主張し続けますが、それが裏目に出てしまい、最高裁判所まで闘った末に負けてしまった堂野は、初犯でありながらも執行猶予なしの二年の実刑判決を受けてしまいました。
そんな彼に執着する攻めが、殺人の罪を犯したことにより長期刑を受けた喜多川です。
日々死にたいと願い続ける人間不信の堂野と、殺人犯でありながらも純粋無垢な喜多川のおはなしには、BLによくあるとんでも展開は一切ありません。
今わたしがこうしてレビューを書いている間にも起こっているかもしれない、壮絶でありながらもどこにでもありうる平凡なおはなしです。

それなのに、ひどく心を奪われる。
どうしようもなく、この物語が愛しくなる。

わたしはこの文庫に収録されている【箱の中】と【檻の外】の新書版をどちらも読んでおりません。
そのため、みなさまのおっしゃるその後のお話などの知識は一切ないのですが、それらを抜きにしてもこの作品が名作であることは間違いありません。
なぜ新書版を買わないのか…その理由は「お金がない」に尽きるので(笑)余裕ができたら購入させていただくつもりなのですが、この文庫一冊だけで彼らの間に芽生えた愛情と幸せは十分に感じられると思うのです。

ううん…本当に言葉にできない。
「名作である」この一言に尽きます。

ちなみにBL界では有名な三浦先生が解説をなさっているのですが、そちらも要チェックです!
三浦先生の愛溢れる解説と共に作品を振り返り、もう一度読み返す…気がつけばすっかり木原先生の虜となっていることでしょう(笑)

7

文庫版のメリット

今さらではありますが。この作品はBLにおけるお約束の展開、萌え、非日常などエンタメ要素のみを求めておられる方には受け付けないかと思います。こうして一般書としても刊行されたことが示している通り、BLというジャンルで括るにはあまりに人間臭く、文学的で、お決まりのロマンティックさはありません。

私も当初、BLにはエンタメ性だけを求めていたため、予備知識なく初木原さん作品「熱砂と月のマジュヌーン」を読んで、ひたすら甘さが無く辛く重い展開ばかりだった為、ある意味トラウマとなり「苦手な作家さん」というイメージを持ってしまっていました。
しかし、この「箱の中」を読んでからは自分の認識の甘さに気付きました。木原さんはそんな定石の枠に留まらない作家さんなのだと。
本作品はBLという括りではなく、人間の心理、本質を描く中に同性愛があるというか、それを裏付けするために同性愛が必要という風に思いました。
文章力がなく形容できないのですが、読後は心の中を嵐が過ぎ去ったような感じで、しばらく呆然としました。
これほど心を持っていかれる作品は初めてで、本物の名作だと思いました。

さて、あらすじにも記載がありますが、本作品はBLノベルス版とこの一般向けの講談社文庫版の2パターンで刊行されています。
私が感じたこの講談社文庫版を購入するメリット・デメリットについてまとめました。

メリット:
・ノベルス版「箱の中」「檻の外」の大部分が一冊にまとまっている
・三浦しをんさんの素晴らしい解説が読める
・挿絵がないのでイメージが邪魔されない、小説としてより硬く重い感じで読める
・文庫として外でも読みやすい

デメリット:
・ノベルス版収録話(後日話)が無い!!
・草間さかえさんの素敵な絵が無い

私はノベルス版の存在しかしらず、ネットで誤ってこちらの講談社文庫版を購入し、後から色々と違いを知りました。読了後はもちろん、「ノベルス版に後日談があるなんて…!!」と、今からノベルス版も購入しなければ、という状況になっております。ですので最後までしっかり見届けたい方は、三冊揃えないのでしたら是非ノベルス版を選択される方が良いと思います。ただ、こちらの文庫版もより小説らしく、重く凄みがあり、私は好きです。

この名作に出会えて良かったです。
今まで敬遠していた木原さん作品ですが、少し覚悟をもって、読んでいきたいと思います。

7

一度で二度、三度おいしい

評価の高いこの作品。
今まで冒頭のサンプルだけ読んで、冤罪なのに有罪になって実刑判決を受けて投獄されるという点に悲しみと虚しさを覚えて敬遠していたのですが、思いきって読んでよかった。
冤罪という設定に感じた不快感など忘れるほどハマって、一気読みしました。確かに名作でした。

受けは(主人公)は非常に真っ当な常識人。
対し攻めは、不幸な育ちゆえに常識もなければ愛も知らない、無表情無感動な人間。
それが、受けに懐いてくるのがたまらなく可愛かったです。ワンコ萌え!
しかしこの作品のいいところは、そんなワンコ攻めが、常識のなさゆえに、そして受けに対する執着ゆえに、中盤から強引になってくるところ。
ワンコ攻めから強引攻めへ、というキャラ移行が実に不自然でなく描かれているのが素晴らしいなと思いました。
また個人的には、攻めが童貞なのもよかった。これは完全にただの好みの問題ですが。

表題作『箱の中』に加えて、その後日談『檻の外』も合冊されているこの本。
その間に、『箱の中』と『檻の外』の間に起きた出来事を第三者を主人公にして描く「脆弱な詐欺師」がまたよかったです。
第三者主人公のお話としてもピリリと辛口で面白いお話なのですが、受け・攻め二人のお話としてもとてもいい。
攻めの心情がよく伝わってきました。本当に、それにしか拠り所を見出だせないんだな、と。

明るい話では勿論ない。しかし暗い話、とも言えないように思いました。
受けの攻めに対する感情は本当に「愛」なのか、受けが悩むのと同時に私も悩みながら読みました。
けれどどうしても切り捨てられなかった、独占欲を感じてしまう、そのこともまた一つの答えではないかと考えたりしました。
もっともっとこの二人の話を読んでいたい。そんな気持ちにさせられたお話でした。

5

頭の中を苛められる感覚

木原音瀬先生の作品はいくつか読んでいますが、ちょっとでもM気質がないと楽しめない書き方をされるな、と感じます。
読んでいてやっぱり衝撃を受けたので、備忘的に、めちゃくちゃではありますが感想を書きたいと想います。

物語の前半部分、主に『箱の中』での展開は非常に生々しい。
知られざる世界についての描写が、丁寧かつ立体的で本当に面白いです。参考文献の欄にあった本全て気になってしまいます。
絶対に触れたくない禁域的な刑務所の空気、冤罪で逮捕された堂野の目を通し、嫌悪感を伴いながら感じることができます。

また、"変わっている男"として登場する受刑者の喜多川(後々の展開を思うと、なんとも皮肉なネーミングであると思わざるを得ません)が、箱の中で徐々に堂野に対する姿勢を変えていくのがこそばゆく、小さな男の子の面倒を見ているときのような感覚に陥ります。こちらとしては理解できない、けれど当人は一生懸命にやっていて、それに気付いた時に初めて愛らしいなと感じる、あの感覚です。
自販機に金を入れているんだからというセリフがとても印象的で、こういう考えの人なら本当にこんな言葉が出てきそうだと感心しました。
全編を通して、喜多川を軸に投げかけられる、普通とは、愛とは、感情とはという問いに苦しみます。

前半は駆け足で、衝撃的に終了してしまいます。
そして拷問のような中盤のスタート(褒め言葉に当たる)
探偵の男が語り手となり、堂野を探す喜多川と関わりを持つのですが、すごい。
小金が欲しい探偵と、堂野を探す手段を持たない喜多川。喜多川が搾取されていく様子、凡人が悪人に堕ちていく様はいっそ痛快でした。その末路も…

喜多川の人生に、明かりが見えない。かわいそう。そう感じることさえ間違っているような気がする。
読んでいるだけで責められているように感じる。
芝さんも喜多川も何も正しくはないんでしょう、でもあの探偵は間違っていたと私は信じています。心に大きく揺さぶりをかける章でした。

物語の後半は、個人的には失速したように感じました。
堂野の妻も子どもも登場するという点で、読む側としては傷つく覚悟を決めなければなりません。
刑務所の中での関係性は、他作品にはない面白さがあったのに対し、2人の再会からのえげつない展開は三文芝居の脚本みたいで嫌でした。
妻と子どもが、存在を最初から崩すつもりで作られたキャラクターに感じられ、もう少し意外性があっても良いような気がしました。
最後にかけてはグダグダと話が進み、そこで抱き合うんかいという萌のかけらもないセックスシーンや、堂野を陥れた女性は伏線か?と思いきや全然なんでもなかったり、当たり前のように妻がぶち壊れて喜多川を殺しかけるし、別に面白くない。
いっそ2人で死んでしまったほうが、物語としては好きになれたような。

しかし、喜多川が子どもを想い涙を流す場面は、純粋に美しいと感じました。喜多川というキャラクターが、いかに異質で、まっさらで気持ち悪くて、尊いか。
私にとってこの作品の全ては喜多川です。
喜多川圭が、人と違って気持ち悪い。
喜多川圭は、ただの普通の人。
彼の生い立ちから形成される人格を思うと、喜多川圭が実は普通の人なのが悲しくなります。

2人とも生きて一緒になったので、ハッピーエンドとして捉えますが、とりあえず喜多川のただひとつの欲が、今後も満たされていくことを願います。

前半の刑務所の描写、猛烈に動き出す喜多川と堂野の関係性の描写に神評価です。
読んでいて感じる痛みが読後愛おしくさえ感じられるのが、この作品の魅力かもしれません。

5

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