無償の愛情で救われる人間を描き、「ダ・ヴィンチ」誌上でBL界の芥川賞と評された傑作!

箱の中(文庫)

hako no naka

箱の中(文庫)
  • 電子専門
  • 非BL
  • 同人
  • R18
  • 神88
  • 萌×26
  • 萌5
  • 中立7
  • しゅみじゃない6

199

レビュー数
27
得点
486
評価数
112
平均
4.5 / 5
神率
78.6%
著者
木原音瀬 

作家さんの新作発表
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媒体
小説
出版社
講談社
レーベル
講談社文庫
シリーズ
箱の中
発売日
価格
¥724(税抜)  
ISBN
9784062773256

あらすじ

痴漢の冤罪で実刑判決を受けた堂野。収監されたくせ者ばかりの雑居房で人間不信極まった堂野は、同部屋の喜多川の無垢な優しさに救われる。それは母親に請われるまま殺人犯として服役する喜多川の、生まれて初めての「愛情」だった。『箱の中』に加え、二人の出所後を描いた『檻の外』表題作を収録した決定版。

●箱の中
●脆弱な詐欺師
●檻の外

※本書は2006年3月に蒼竜社より刊行されたノベルス版『箱の中』と、同年5月に刊行されたノベルス版『檻の外』表題作を、『箱の中』として一冊にまとめたものです。

(出版社より)

表題作箱の中(文庫)

同房の受刑者 喜多川圭
痴漢冤罪で有罪になった会社員 堂野崇文

その他の収録作品

  • 脆弱な詐欺師
  • 檻の外
  • 解説:三浦しをん

評価・レビューするAIの精度がアップいたします

レビュー投稿数27

攻めの幸せを切に願った

数度にわたり涙が滲んだ作品。傑作だと思います。
つらくて苦しくてでも早く続きが知りたいという葛藤に苛まれながら読み進めました。

本作もそうですが、綺麗だとか可愛いだとか魅力的な容姿に惹かれたわけではない男の恋愛関係をじっくり見せてくれるのは本当に有難い。
こういうのを読みたかったんだー!!と常に満たされまくっています。


話が逸れましたが、こんなにも攻めに幸せになってほしい…というか攻めが望む形になってほしいと願った作品は珍しいです。
※ネタバレ全開でいきますね↓

親に愛されることを知らず幼少期は狭い部屋に住み窓から食事を放り投げられていた…そんな異常な生い立ちのせいで普通の人としてはずれている喜多川(攻め)が彼なりに堂野(受け)に好意を向けていく流れに胸打たれました。
恋だとか愛だとか知らない世界で初めてその感情と出会ったと思うんですよ。
だからこそ普通の観点からみたらおかしくても彼なりにその気持ちと向き合いつつ堂野と距離を詰めていった。
堂野も刑務所という閉鎖された場所で自分に懐く喜多川に悪い気はしないし優しさや愛をもらったことがない彼に対してなんとかしてあげたい…という気持ちも芽生えていきます。
過剰なスキンシップからとうとうセックスまでしてしまうのですが…
堂野にとっては一生かけても繋いでいきたい関係としては考えられなかったんですよね。

そして堂野の出所を機に二人の関係は断たれます。

でもその道を選んだ堂野を決して薄情だとは思えないんですよね。
ここまで生きてきた彼なりの普通な人間性がこの異常な関係を続けないことを選んだ。
再就職して結婚して子どももできて…正直無理もないなと思ってしまいます。

しかし…喜多川は違います。
「脆弱な詐欺師」では出所した喜多川が堂野を探し続けている姿を見られます。
いつも同じ服を着て食さえも切り詰め探偵への高額な支払いのため一日働き続けている。そのお金を騙しとられているとも知らず…
日に日にやつれていく姿、それでも諦めるという選択肢はなく「堂野は見つかったか?」と繰り返す姿に心が苦しすぎてどうにかなりそうでした。

ようやく再会できても、喜多川なりの感性でまっすぐ愛しているだけなのにその愛している男に内心怖い、こいつは何か仕出かすんじゃないかと思われているところも可哀想で悲しくて。胃が重たくなりっぱなしでした。

堂野に喜多川への情はあるけど愛情ではない…。
まるで子どものように気持ちを伝える喜多川がうまい立ち回り方も知らずに苦しむ姿がとにかく切ない。
近くに越してきたり子どもになりたい、娘をくれ…といった想像もつかない彼なりの求め方には心を抉られていました。

私は結構受け推しになることが多いのですが、これはもう攻めに随分肩入れしてしまいました。
心を休ませてくれない展開が続きますので結末までしっかり見届けてほしいです。


喜多川が近くに越してきた時に、同じ雨が降っている場所にいたいと思うってとても素敵な表現だなと思いました。

三浦しをんさんの解説が的確すぎてこちらもじっくり読んでほしいところです!

ノベルス版も気になるので買おうと思います!!!

0

頭の中を苛められる感覚

木原音瀬先生の作品はいくつか読んでいますが、ちょっとでもM気質がないと楽しめない書き方をされるな、と感じます。
読んでいてやっぱり衝撃を受けたので、備忘的に、めちゃくちゃではありますが感想を書きたいと想います。

物語の前半部分、主に『箱の中』での展開は非常に生々しい。
知られざる世界についての描写が、丁寧かつ立体的で本当に面白いです。参考文献の欄にあった本全て気になってしまいます。
絶対に触れたくない禁域的な刑務所の空気、冤罪で逮捕された堂野の目を通し、嫌悪感を伴いながら感じることができます。

また、"変わっている男"として登場する受刑者の喜多川(後々の展開を思うと、なんとも皮肉なネーミングであると思わざるを得ません)が、箱の中で徐々に堂野に対する姿勢を変えていくのがこそばゆく、小さな男の子の面倒を見ているときのような感覚に陥ります。こちらとしては理解できない、けれど当人は一生懸命にやっていて、それに気付いた時に初めて愛らしいなと感じる、あの感覚です。
自販機に金を入れているんだからというセリフがとても印象的で、こういう考えの人なら本当にこんな言葉が出てきそうだと感心しました。
全編を通して、喜多川を軸に投げかけられる、普通とは、愛とは、感情とはという問いに苦しみます。

前半は駆け足で、衝撃的に終了してしまいます。
そして拷問のような中盤のスタート(褒め言葉に当たる)
探偵の男が語り手となり、堂野を探す喜多川と関わりを持つのですが、すごい。
小金が欲しい探偵と、堂野を探す手段を持たない喜多川。喜多川が搾取されていく様子、凡人が悪人に堕ちていく様はいっそ痛快でした。その末路も…

喜多川の人生に、明かりが見えない。かわいそう。そう感じることさえ間違っているような気がする。
読んでいるだけで責められているように感じる。
芝さんも喜多川も何も正しくはないんでしょう、でもあの探偵は間違っていたと私は信じています。心に大きく揺さぶりをかける章でした。

物語の後半は、個人的には失速したように感じました。
堂野の妻も子どもも登場するという点で、読む側としては傷つく覚悟を決めなければなりません。
刑務所の中での関係性は、他作品にはない面白さがあったのに対し、2人の再会からのえげつない展開は三文芝居の脚本みたいで嫌でした。
妻と子どもが、存在を最初から崩すつもりで作られたキャラクターに感じられ、もう少し意外性があっても良いような気がしました。
最後にかけてはグダグダと話が進み、そこで抱き合うんかいという萌のかけらもないセックスシーンや、堂野を陥れた女性は伏線か?と思いきや全然なんでもなかったり、当たり前のように妻がぶち壊れて喜多川を殺しかけるし、別に面白くない。
いっそ2人で死んでしまったほうが、物語としては好きになれたような。

しかし、喜多川が子どもを想い涙を流す場面は、純粋に美しいと感じました。喜多川というキャラクターが、いかに異質で、まっさらで気持ち悪くて、尊いか。
私にとってこの作品の全ては喜多川です。
喜多川圭が、人と違って気持ち悪い。
喜多川圭は、ただの普通の人。
彼の生い立ちから形成される人格を思うと、喜多川圭が実は普通の人なのが悲しくなります。

2人とも生きて一緒になったので、ハッピーエンドとして捉えますが、とりあえず喜多川のただひとつの欲が、今後も満たされていくことを願います。

前半の刑務所の描写、猛烈に動き出す喜多川と堂野の関係性の描写に神評価です。
読んでいて感じる痛みが読後愛おしくさえ感じられるのが、この作品の魅力かもしれません。

2

愛って何ですか?

痴漢冤罪で実刑判決を受けた堂野は、刑務所での生活に心身共に参ってしまう。
追い詰められ泣きながら眠る夜、そっと自分の髪を撫でてくれた手に、堂野は何とか踏みとどまる。
堂野は慰めてくれた喜多川に礼を言うが、何故か喜多川はその後も堂野に「ありがとう」と言われることに固執するようになる。
どこか子供のように幼いところのある喜多川に無邪気に慕われるようになるのだが、そのうちに喜多川は堂野への好意を隠さず、愛してると迫るようになり・・・

正直、評価どうしようか迷いました。
人によっては地雷になりそうな部分もあるし、合う人・合わない人、好き嫌いが別れる作品だと思います。
そして悔しいけれど、私の貧相な語彙力では、マジでヤバくて凄くいい話だから読んで!としか表せない作品です。
是非読んでいただきたい。本当に心からお奨めします!
冤罪、刑務所、裏切り、死・・・全体的に暗いイメージの言葉が浮かぶけど、それだけじゃない。ちゃんと光を感じられる、読み応えのある小説なんです。
読んだ時は受け入れられなくても心に残るものがあって、何度も読み返す・・・頻繁に読み返したい本ではないけれど、でも私はこの作品を手放せません。
愛って何なんだろう?と考えさせられます。が、そういうことを考えずに一途に誰かを好きになれる喜多川は、一般常識から逸脱してるけれど、でもとても幸せなんじゃないかな。
本当に、すごいの一言しか出てこない・・・すみません。

BL小説を普段読まない方にもオススメしやすい文庫版。この本から友達をBL小説に目覚めさせるのもアリだと私は思いますよ。

2

一度で二度、三度おいしい

評価の高いこの作品。
今まで冒頭のサンプルだけ読んで、冤罪なのに有罪になって実刑判決を受けて投獄されるという点に悲しみと虚しさを覚えて敬遠していたのですが、思いきって読んでよかった。
冤罪という設定に感じた不快感など忘れるほどハマって、一気読みしました。確かに名作でした。

受けは(主人公)は非常に真っ当な常識人。
対し攻めは、不幸な育ちゆえに常識もなければ愛も知らない、無表情無感動な人間。
それが、受けに懐いてくるのがたまらなく可愛かったです。ワンコ萌え!
しかしこの作品のいいところは、そんなワンコ攻めが、常識のなさゆえに、そして受けに対する執着ゆえに、中盤から強引になってくるところ。
ワンコ攻めから強引攻めへ、というキャラ移行が実に不自然でなく描かれているのが素晴らしいなと思いました。
また個人的には、攻めが童貞なのもよかった。これは完全にただの好みの問題ですが。

表題作『箱の中』に加えて、その後日談『檻の外』も合冊されているこの本。
その間に、『箱の中』と『檻の外』の間に起きた出来事を第三者を主人公にして描く「脆弱な詐欺師」がまたよかったです。
第三者主人公のお話としてもピリリと辛口で面白いお話なのですが、受け・攻め二人のお話としてもとてもいい。
攻めの心情がよく伝わってきました。本当に、それにしか拠り所を見出だせないんだな、と。

明るい話では勿論ない。しかし暗い話、とも言えないように思いました。
受けの攻めに対する感情は本当に「愛」なのか、受けが悩むのと同時に私も悩みながら読みました。
けれどどうしても切り捨てられなかった、独占欲を感じてしまう、そのこともまた一つの答えではないかと考えたりしました。
もっともっとこの二人の話を読んでいたい。そんな気持ちにさせられたお話でした。

3

改めて

今更ですが改めて。木原先生作品にハマるきっかけになった一冊。非常に念密な描写にBLの枠に囚われない文体、最後まで祈るような気持ちで読んだ。読後感はなんとも、それなのに映画を見たような印象が強い。好みのカップリングじゃないのに、話が気になりいつの間にか2人を応援したくなる。しっかりストーリーを読みたい方にお勧めしたい。

1

リアル

BLって枠にとらわれず、ひとつの作品として本当に面白かったです!文庫化して普通の文学コーナーに並ぶのもわかる。ボリュームあって読み応えあって、なんせ刑務所内の様子がしっかり書かれていてリアルでした!

受けの堂野さんも真面目な人だし、攻めの喜多川さんなんてあまりにも切ない純粋なキャラで、すっごく好感が持てました。二人がくっついてくれて良かった。喜多川さん、幸せになって良かったって、ラストは泣けてきました。

ただ、BLでサイドキャラを気にしすぎるのは無粋なのかもしれないけど、死んじゃった堂野さんの娘ちゃんが、なんかあまりにも可哀想で…汗)それがやけに気になって、若干モヤモヤが残ってしまった。


あと途中で挟まれている「脆弱な詐欺師」、このクズ探偵かなり面白いですね笑)話の本筋とそんなに関係ないはずなのに、かなり引きこまれて読んじゃいました。木原さんの書くクズって、なんでこうも面白いんだろうか。

1

心痛いのに止められない

「泣ける、切ない」読み物を探しているうちにたどり着いたのですが、予想以上に心が打ちのめされました。
涙を流してスッキリしたかったのですが、そんな生半可な気持ちで読んではいけなかったようです。

堂野は本当に何処にでもいる人間らしく、散々迷ったり、後悔したり、出る結果に緊張したりしながら選択を繰り返していますが、そこを全て通ったからこその結末だと思うと、無駄な事って何も無いと思えました。

外でもおおっぴらに読める様に文庫本を
選んだのですが、結局2人を最後まで追いかけたくて『なつやすみ』『すすきのはら』へと手を伸ばす事になりました…。

人生で初めて「辛いのに読むのを止められない」という体験をした作品です。

1

文庫版のメリット

今さらではありますが。この作品はBLにおけるお約束の展開、萌え、非日常などエンタメ要素のみを求めておられる方には受け付けないかと思います。こうして一般書としても刊行されたことが示している通り、BLというジャンルで括るにはあまりに人間臭く、文学的で、お決まりのロマンティックさはありません。

私も当初、BLにはエンタメ性だけを求めていたため、予備知識なく初木原さん作品「熱砂と月のマジュヌーン」を読んで、ひたすら甘さが無く辛く重い展開ばかりだった為、ある意味トラウマとなり「苦手な作家さん」というイメージを持ってしまっていました。
しかし、この「箱の中」を読んでからは自分の認識の甘さに気付きました。木原さんはそんな定石の枠に留まらない作家さんなのだと。
本作品はBLという括りではなく、人間の心理、本質を描く中に同性愛があるというか、それを裏付けするために同性愛が必要という風に思いました。
文章力がなく形容できないのですが、読後は心の中を嵐が過ぎ去ったような感じで、しばらく呆然としました。
これほど心を持っていかれる作品は初めてで、本物の名作だと思いました。

さて、あらすじにも記載がありますが、本作品はBLノベルス版とこの一般向けの講談社文庫版の2パターンで刊行されています。
私が感じたこの講談社文庫版を購入するメリット・デメリットについてまとめました。

メリット:
・ノベルス版「箱の中」「檻の外」の大部分が一冊にまとまっている
・三浦しをんさんの素晴らしい解説が読める
・挿絵がないのでイメージが邪魔されない、小説としてより硬く重い感じで読める
・文庫として外でも読みやすい

デメリット:
・ノベルス版収録話(後日話)が無い!!
・草間さかえさんの素敵な絵が無い

私はノベルス版の存在しかしらず、ネットで誤ってこちらの講談社文庫版を購入し、後から色々と違いを知りました。読了後はもちろん、「ノベルス版に後日談があるなんて…!!」と、今からノベルス版も購入しなければ、という状況になっております。ですので最後までしっかり見届けたい方は、三冊揃えないのでしたら是非ノベルス版を選択される方が良いと思います。ただ、こちらの文庫版もより小説らしく、重く凄みがあり、私は好きです。

この名作に出会えて良かったです。
今まで敬遠していた木原さん作品ですが、少し覚悟をもって、読んでいきたいと思います。

3

喜多川の言葉に迫るものを感じる

萌えるかどうかではなく、評価という意味では間違いなく神作品です。
一般文芸としてとか、BLとしてとか、括って考れば
異なる評価になるとも思いますが、細かいことはどうでもいいと思わせる熱量があります。
傷ついた堂野が自分を一途に必要としている喜多川を受け入れたのは理解できても
なぜ喜多川が堂野に執心したのかは読了後もよくわからない。
(なつやすみやすすきのはらなどの番外編は未読なので)
刷り込みの一種なのだろうか
構って、褒めて、自分を見て欲しくて
それが堂野でなければならない理由はなんなのだろうか
それは愛情なのだろうか
考えても答えに行きつかない
ただ、再会後に「傍に居たい」ことを告げる喜多川の言葉は迫るものがあり、目頭が熱くなりました。
喜多川には、気のおける人の近くで生きて、最期を迎えて欲しい

2

人間にとって本当に必要な愛とはなんなのか

この小説を読んで、はじめに感じた印象は、「隙間」だった。登場する人物、それが主役級であっても、外見容姿、印象や性格に対する説明が、いわば「隙間」だらけだったのである。刑務所での生活、規則等についてはその都度説明があるが、必要以上の説明は無い。堂野以外の登場人物達の背景や想いも、描写されていない。このように余計な描写が無い分、我々読者は、想像力を働かせ、また人物達の動きに注意を払って、物語を読み進めることになる。しかし不思議なことに、それが却って彼等の感情面に、説得力をもたせた。


① 果たして、堂野にとって喜多川は「迷惑」でしかなかったのか。

喜多川の堂野への執着は、無論「尋常じゃない」といえば尋常ではないが、彼の生い立ちがその「尋常じゃない」にはっきりと理由付けをする。彼のような生い立ちを持つ人間は、この本に触れる確立は低い。故に、彼に共感しようとしても、大抵の読者は難しいと感じるに違いない。となると、読者はまず、堂野に共感しようとするだろう。だから数名のレビュアは、堂野を自分に置き換えて考えてみたときに、喜多川の執着を気味悪いと感じたのかもしれない。確かに堂野と喜多川の関係は、堂野が喜多川を拒否できない状況から出発している。しかし、喜多川が、まるで「犬」のように懐き、堂野が自覚する程の好意を寄せている状況からは、堂野にも充分「拒否する権利」は生じている(そして時にはその権利を行使した)、のにもかかわらず、ストレートな告白以降も、堂野は、エスカレートする喜多川の同性愛行為を赦している。自分に言い訳をしながらも、“赦している”という時点で大きく他とは異なるのだ。柿崎に迫られた際に出た悪寒のような「鳥肌」であったが、同じような表現は、喜多川との行為の時には使われていない。

そして何よりも、「芝」という存在が、大きい。彼はいわばリーダー的性格、兄貴肌であり、頭もキレ、鋭い観察力を持ち、そして空気を読むことができる頼れる男だった。そして芝は、堂野に対しても終始平等に接し、面倒をみ続けた。そんな「芝」が、夜中に狭い部屋で繰り広げられる喜多川の堂野への執拗な行為を、止めない筈がないのである −−− もし、堂野が本気で嫌がっているのだとしたら −−− 。つまり、彼は見抜いていたのだろうと思う。堂野が本気で嫌がっているわけではないことを。または、このふたりの間に流れる、独特の不可侵的空気を。揉め事を極力さける芝の「我関せず」が堂野と喜多川の関係の質を物語っているといっても過言ではない。

もうそれだけで充分なのである。それだけで充分、この問題、この関係は、喜多川と堂野の間の問題で、ふたりがどうしたいか、それだけにかかっていて、読者はそれを見守ることしかできない立場に置かれる。そこに堂野への感情移入も、喜多川への戒めも通用しないのだ。


② 喜多川は、なぜ「堂野」でなくはいけなかったのか?

喜多川は、一途な男だ。その一途さは、たとえ彼の執拗な執着に眉をひそめる読者の心も動かす。なんの変哲も無い平凡な男である「堂野」を想い続け追いかける喜多川は、堂野と違い、整った顔と、若さと立派な身体を持っている。じゃあ、なぜそんなにまでして堂野でなくてはいけなかったのか。

世間知らずだった彼に、人の「情」を伝えようと"試みた"初めての男であること以外、堂野はこれといって何もない。

この作品の第二の大きな特徴、それは、喜多川と堂野の関係が、「依存」とはまったくの別物であることだ。「見返り」「利害関係」以外しか、人間関係の在り方を知らなかった、という喜多川の生い立ちとキャラクターの設定は、逆に彼と堂野の関係に「理性」と「冷静」という非常に重要な要素を与える。教師でも無ければ宗教家でもない堂野は、喜多川の「理屈」には刑務所を出る最後まで勝てなかった。「依存」とは異なる関係であること、それは、依存が、「見返り」や「利害関係」でしか人間関係を構築出来ない男の内には生じない現象であることから容易にみてとれる。「依存」でないふたりの関係は、つまりは「自然の流れ」と共にあることを、読者は常に感じていなければならない。


④ 愛情はどこから湧いてくる?

読者は多分、あの事件が起こらなかったら、堂野は喜多川を受け入れなかっただろう、と思うだろう。確かに、あの事件は、堂野も喜多川も関係の無いところで起こった事件で、まさに偶然だった。偶然のお陰で、露呈した事実をきっかけに、堂野は喜多川との人生を選んだ。釈然としない感情を、読者も、そして堂野も感じる。しかし一方で、堂野の麻理子への冷めようは凄かった。その熱の冷めるスピードと温度の低さには、驚く。そしてそこで堂野は自身に問うのだ。「確かに自分は、麻理子を愛していたはずだ」と。では、まったく同じような事件が、喜多川との間で起こったとしたら、堂野は同じようなスピードで熱を冷ましていくのだろうか、と読者はふたりに問うてみる。すると、多分、あのようには冷め切れないだろう、と確信がもてるのだ。そして、ああ、愛とは、そういうことか・・・、と妙に納得する。

様々な「愛」がこの世には存在している。だから、堂野と麻理子のような関係を、愛では無かったと結論づけることは、してはならない。しかし、堂野にとっての「愛」は、「喜多川の見せる愛」であった、というだけなのだ。自分の内側から沸き出るはずの愛ばかりを探して見失っていた人間が、誰かがぶつけてくる愛を、愛だと受け入れ、信じられたとき・・・堂野の愛は、喜多川の愛と交じり合うのだ。


三浦しをんさんは、こう書いている。

「本作は、愛によって人間が変化していくさま、真実の愛を知った人間が周囲の人間に影響を与えてくさまを、高い密度で表現している」(『解説』より抜粋)


・・・まさに、その通りだろう。

10

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