小説ランキング4位

坂道のソラ
恋の甘さと切なさがキュッと詰まった作品です

「坂道のソラ」

ポイント:
453pt
著  者:
朝丘戻
イラスト:
yoco
出 版 社 :
ダリア文庫
シリーズ:
発 売 日 :
2013/7/13

ゲイである高校生の河野一吹は、毎朝バスで乗り合わせる会社員の大柴賢司と親しくなる。SNSゲームを通じてさらに賢司を知るに連れ、一吹は自身のなかに確かな恋心を自覚して…。葛藤を抱えながら、ただ誠実に賢司を求める一吹の健気さに涙する読者多数!大人と子供、友達、家族――様々な関係が丁寧に描かれ、BL的恋愛の枠に留まらない深みと感動が生み出された作品。10代、20代から強く支持されました。

朝丘戻先生からのコメント

このたびは本当にありがとうございました。
『坂道のソラ』は、人や日々の温かさを重視して、いつでも何度でも読み返せるような物語を贈りたいという思いでできた作品です。
素敵な絵で世界観を広げてくださったyoco先生と、サポートしてくださった担当さんや校正さんやデザイナーさんたちのおかげで、読者様の心に届く一冊になれたのだと思います。
『ソラ』で学んだことを今後の作品にいかして、また読者様に幸せな気持ちになって頂ける物語を届けるべく努力していきます。

短いお話を書きました。
ささやかではありますが恩返しになりますように!

『坂道のソラ』書き下ろしショートストーリー

 ――賢司さんは大人だから、というのが一吹のひそかな口癖になったのは、いつからだっただろう。
 歳の差はしかたないとしても、自分が大人かどうかは判然としかねる。

 帰宅途中にバスへ乗る際、一吹にメールをするのは毎晩の習慣だ。
『もうすぐ着くよ』
 一番うしろの席に腰掛けて短いメールを送信する。ところがしばらく待っても返信がない。いつもならすぐ反応があるのに。
 今夜友だちや大学の集まりに参加するなんて話は聞いてなかったけどな、と思いつつなにげなく『アニマルパーク』を起動したら、ソラがオンラインになっていた。
 ああ、ここにいたからメールに気づかなかったのか。
 誰と話しているんだろう。……ミチルちゃん?
 いや、SNS内のべつの友だちかもしれない。
 バーチャルの世界で一吹がどんな人間関係を築いていようと俺は介入すべきじゃないし、運営している側としても楽しんでもらいたい。恋人同士とはいえ生活のすべてを把握しようとするのも不躾で傲慢で、信用問題にも関わってくる――って、まあ追いかけてみるか。
 ぼろぼろウサギのソラのアイコンを押して、同じ場所へ移動した。到着したのはソラの部屋で、俺がプレゼントした芝生模様のラグマットを敷いている以外は相変わらずなにもない殺風景なところだ。
 そこにソラとチルが立っている。
 ――『あ、賢司さん』
 ――『こんばんは、一吹とミチルちゃん』
 チルも『賢司さんこんばんは、お邪魔してます』とぺこっと頭をさげてくれて、俺も同じ仕草で挨拶を返す。
 ――『賢司さん、いまもまだ会社?』
 ――『ううん、さっき一吹に帰るコールしたけど返事がないからストーカーしたよ』
 ソラが無言になって、少し間があった。
 ――『本当だ、メールがきてた。ごめんなさい、気をつけて帰ってね』
 ――『ありがとう。俺の方こそごめんね、会話の邪魔しちゃったよね』
 ――『大丈夫。ミチルののろけ話を聞いてただけだから』
 チルが怒って、地団駄を踏む仕草をした。
 ――『のろけじゃなくて浮気相談です! おふたりはラブラブでいいですね! ったく、帰るコールじゃないよ、いい歳した男ふたりでいちゃいちゃしちゃってさあ』
 可愛らしくて、静かなバス内の隅っこで小さく苦笑いを洩らしてしまった。
 一吹がのろけと言うならさして深刻なことでもないんだろう。
 ――『コウジ君がなにかしたの? 先週うちに来て舞台の稽古が大変だって言ってたけど』
 ――『そーなの大変なの。あたしに内緒で女と食事に行きまくってるぐらいね!』
 相手は養成所の後輩で、稽古のあと芝居の相談に乗るために頻繁に食事していたらしく、ミチルちゃんはコウジ君を罵り続ける。文字が、次々と溢れてくる。
 一吹とふたりで宥めながらも、嫉妬心をまっすぐ吐きだす正直さを羨ましく思っていた。体裁や信頼を隠れ蓑にして平静を装おうとする俺とは違うな。隠し事はされたくないと相手に望むくせ、自分も相手が大切なほどいざ伝えようとすると我が儘すぎないかと躊躇してしまう。大切、という想いは時々暴力だ。相手にも自分にも。
 窓ガラス越しに暗い夜の町並みが流れていく。
 賢司さんは大人だから、というあの一吹の声が聞こえる。
 数分経過してバスがおぼろ坂に着く頃にはミチルちゃんの怒りが哀しみに変化していた。
 ――『好きな人を疑うのって嫌だな。ふたりは同棲して三ヶ月ぐらいだっけ。夏休みはまた旅行に行くの?』
 返事は一吹にまかせてバスを降り、俺は自宅へ向かう。
 ――『ミチルも去年はコウジと海に遊びに行ってたでしょう。あいつ、ミチルの水着は堪らないってうるさかったよ』
 ――『えろいなもう! あーあ。でも、うん。海、楽しかった。今年も行けたらいいんだけど』
 ――『行けるよ、絶対に』
 坂道をのぼり、アパートの階段を上がって家の前まできた。玄関の扉を開けて入ると、リビングのソファーに座っている一吹が振り向く。
 掌のスマホのなかで続くチャットが、まるで目の前で繰り広げられているリアルな会話のように感じられて、思わず「しー」と唇に指を立てて合図したら、一吹の頬がほろんと綻んだ。
 スマホを覗きつつ鞄とジャケットを置いて俺もソファーへ移動し、一吹を背後から抱き締める。
 一吹が持っているスマホに自分のスマホを並べるようにして持ったら、一吹の方はソラ視点、俺の方はシイバ視点で三人のようすが表示されていて、微妙な違いが面白かった。
「……ただいま」
 小声で言って一吹の頬に唇をつける。
「おかえりなさい」
 一吹も小さくこたえて、おかしそうに笑う。
 ――『あ、ねえ、賢司さんはまだ家に帰ってないの?』
 ばれた。
 ――『もういるよ』
 一吹が教えると、
 ――『うわっ。人が悩んでるってのにあんたらはー!』
 とチルがまた赤い顔して地団駄を踏んで一吹が吹きだした。無邪気でいたずらっぽい笑顔には、出会った頃によく見た周囲への警戒や緊張のようなものが失せて無防備さに満ちている。
 人間っていうのは恐らく永遠に未成熟なままなんだろう。
 大人と言われる年齢になっても、自分で自分を一人前だと言い切れはしない。
 誰かと対峙して己の無力さや未熟さを知ったり、誰かを想って不器用さや弱さを自覚することの繰り返しだ。きっとこうして死ぬまで生きることを学び続けていくんだと思う。
 ――『ごめん、待って。コウジがうちに来たっぽい』
 ――『ほら王子様のお迎えだ、心配いらなかったでしょ』
 ――『ぶん殴ってくる。じゃあ「アニパー」落ちるね。一吹と賢司さんも仲よくね』
 チルが忙しなく、ぱっと姿を消してしまった。
 取り残されて唐突に室内の静けさを感じると、ふたりして声を発するのをほんの少し躊躇った。
 ――『ふたりきりになっちゃったね』
 文字で話しかけてみる。
 ――『うん』
 一吹も返事をくれた。
 打っている指先も見えているから画面へ表示される前に発言内容がわかってしまって、ふたりして笑いを噛み殺す。
 ――『ミチルちゃんたち仲直りできるかな』
 ――『コウジは浮気なんてしないから大丈夫』
 友だちをひたむきに信じる一吹の強さが恋しい。
 ――『好きだよ一吹』
 きつく抱き竦めた。
 ――『声で聞きたい』
 そう言う一吹の言葉もチャットの文字。
 ――『じゃあ一吹がおかえりなさいのキスしてくれたら言うよ』
 ――『大人なのに、子どもみたいなことしてる』
 ――『子どもだもの』
 シイバの頭のうえに文字が浮かぶのとほぼ同じタイミングで、一吹が上半身を捻って振り向いて、俺の唇に唇を合わせた。
 やんわり重ねて静止したまま時間をとめる、永遠みたいなひとときのキス。
 離れると、一吹の澄んだ瞳と赤い頬が目の前にあった。
 俺がこたえる番だ。
「愛してるよ、一吹」

ユーザーの声を紹介

甘くてキュンとなる

ひたむきで、純粋で、切なくて、びっくりするほど甘いお話。
癒されたい、というか、浄化されたい(笑)時にお勧めです。
ぺいさん

二人の会話が可愛くてでももどかしいけどとても幸せなお話でした。アニパーでのソラとシイバの会話行動は可愛いの一言。短編が今後出るということも期待です。
唯奈さん

大好きな朝丘先生の作品。少しずつ近づいていく2人の距離にきゅんとします。
上保絵理さん

表紙買いした作品。人間の等身大が描かれているようで、これを機に朝丘さんを好きになりました。でもよく考えるとバスの中で会話ってわりと全員に筒抜けですよね(笑)
朝霧和流さん

けど涙…

「恋をしてもらえないことが、どうしてこんなに辛いんだろう。ごめんね、好きになれないよ、とあの人に言われたら、もうそこで世界も未来も心も全部、死んでしまうんじゃないかと思う。
帯にもなった一文。朝丘先生以上に心を直接打つ文章を書く作家はいません。
匿名さん

恋する甘さと切なさが詰まった作品。何度も読み返したくなってその度にニヤニヤしたりままならない想いに涙しました。
匿名さん

初詣のシーンでは涙をボロボロこぼしながら読みました...。決して激しい恋愛ではないけれど、そこがこの二人には合ってると思いました。アニパーで一吹が賢司さんに「抱きしめたいんです」と言ったところもすごく切なくてかわいい。
エリーさん

いぶいぶの優しさに、賢司さんのあたたかさに泣きました。
匿名さん

今年は『坂道のソラ』しかないです。宝物の作品。
匿名さん

こんな物語が身近にもありそうです

まず、登場人物のみんながかわいくって仕方がありません(笑)
読み終えて、この本にあえて良かったなと思える本です。
夏野蜜柑さん

この作品のお話のように恋をして悩んで同性を好きになる難しさを感じている人も身近にいそうっとそう思わせてくれました。
BLはファンタジーだと普段は思っていましたが、この作品のように日常の中でこういったドラマが繰り広げられていそうだとリアルに感じました。
末莉さん

SNSを通しての恋の成長を応援する気持ちで読みました。とても暖かな気持ちになれる作品です。
あきさん

名古屋駅で待ってる、
がとても好きだった。家族を巻き込んでの大掛かりな話だったけれど。出会いがバスの中とは思えないテンポのよさで、とてもよかった。
悠吏さん

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