電子限定描き下ろし付き
これは、ハッピーエンドを諦めなかった人魚姫(ある男)の物語。
上野先生作品…かつとし、向こうの人、ノイドの順で読んできました。
本作で改めて人物描写がめっちゃいい!と唸りました。本作がいちばん好きです(この後新作も読みますが)
直接的な説明ではなく、その人物の一面を少しずつ表現してだんだんどういう人か浮き彫りになってくるドキドキ感。
そこに信章の不気味さが含まれるのもおもしろい(個人的にはかつとしが不気味度がいちばん高く、その後の作品は徐々に薄まりつつもなくなることはない印象)
心と信章は対照的なキャラで。
心は両親が仲良く愛されて育ち名前のごとく情緒豊かな人。
かたや信章は両親が不仲で子どもの頃に病み情緒が少し欠けている。でも心がないわけではない。
そんな信章の無関心な感じが心には心地いい(関心を持たれると傷つくことが多かったため)というのが興味深い
信章は感情がわからないので知りたくて、映画を観て心が泣いた理由を知りたいと言う。
心が泣いた理由が後に映画の中の人物が愛し合っていて嬉しかったからだとわかる。
信章は感情や愛することがピンとこないので客観的な事実のように心の動きを説明するのがおもしろい。自分のことや心のこと妻のことなど。
心が信章を好きという気持ちは伝わっていたし、頭で考えてした行動(キスや心が喜びそうだからしたこと)は信章の感情が伴っていたからだとなんとなく伝わるのがすごくいい。
信章は心と接するうちに嬉しいとか好きなど感情がわかるようになってくる。黒目に光が宿ってくる。その一連の流れが淡々とした描写ながら静かな熱を感じられて感動しました。
後日談では、心の父に早く会えば「心が悩む時間が減るだろ」と着々と信章の情緒が育ちやさしくなっていてほっこりしました。
信章は大学時代、人が寄り付かないようにと変な友人と付き合うも、自分の部屋で友人たちがセックスすることは非常識で付き合いをやめると言う普通さも持ち合わせている。ただの変な人ではないことを示すエピソードも好き。
ナレーションが誰視点?とずっと思っていたんですが、童話っぽさの演出ですかね。そこもおもしろかったです。
紙のコミック本を読みましたが、キスやハグ以上の深い触れ合いはなかったです。そういうのがなくても心の人生を覗いているようで大変興味深く読めました。ストーリーの流れやナレーションの量やタイミングもスムーズでした。
信章は態度やセリフから相手の立場にたって考えて行動するのが苦手で、何かかが欠けているような性格に思えます。人を愛するということを心から教わり少しずつ自分の気持ちを表現することにも慣れていく様子に読んでいてやっとかぁ、と安心しました。
この後ネタバレ書いてます。
中1の夏の夜、海辺で出会い。
同じ高校に入学したと知りますが遠くから眺めているだけ。高3の秋にみんなと映画に行き初めて少し会話をします。
次に再会するのは大学3年春、心のバイト先の居酒屋にお客さんとして来店。バイト後信章の家で友人達と4人で飲み会をするけれど、またその夜だけですれ違います。
25歳冬、街で偶然再会します。食事に行ったところで信章から結婚するとの報告。
32歳、心の職場である映画館に映画を観に来たり、時々食事に行く友人です。今度は離婚したとの報告。
この結婚話と信章のキャラクターに今ひとつはまれず。
でも、心は信章をずっと好きなのは一途で可愛らしかったです。
描写はキス止まりで、エロはなし。
特に本作においては、個人的には攻受は問わなくてもいいと思えました。
童話のオマージュ設定と、攻めの信章の淡々として感情が読めない点を不快に思わななければ、受けの心の健気な片思いの成就の過程が現代的な童話仕立てな作品でオススメです。
心は歌唱が好きでしたが変声期で声を周囲に指摘され、人前では歌わなくなります。これが、所謂声が出せなくなった人魚。
信章は心(人魚)の歌声に誘われて2人は出会いますが、途中寝てしまい、起きたら心は居なく自分1人に。見た目も相成り、これが、所謂王子。
作品では幼少期〜社会人まで、一貫して心視点で描かれています。
彼の感情は、涙や火照る顔など、分かりやすい一喜一憂で垣間見れます。
反して信章は、出会いのシーンは良かったものの、以降は感情がない取り繕った笑顔と人間関係にドライな一面が多く見られ、一体、心は彼の何処が良かったのかと個人的には疑問がありました。
逆に信章も、出会いのことはうる覚えなのに、映画を一緒に観た時の心の様子は頭から離れず、各ターニングポイントで別れても、就職後の再会では足繁く心の勤務先に伺う風になったのが、もっとそうなったきっかけがより知りたかったなと感じ、個人的に各々が想い合う情景をもう少し掘り下げて頂きたかったなと思いました。
心に重きを置いてといたこともあり、構成の展開的に難しかったのかと思いましたが、両思い後に、今後の展開を信章が心に委ねているのは正直信章に頑張って欲しかったなとも思いました。
ただ、最終話後のお話で、2人の愛の巣(同棲先)での会話で、心の親御さんに早く会いたい理由が、早く会えば心の悩みが減るという信章のスパダリ発言には人間的な成長性を感じて良かったなと思いました。
上野ポテト先生の作品は登場人物がとくかく現実的。それなのにほかのどの作品にもキャラクターがかぶってない。今回は童話のような語りで雰囲気がぴったり。
受が攻めより背が高いのが良い。攻が暴力的ではないサイコ味があって最後まで何を考えているのは、本当はこうだったとか詳しくは描かれていないけど物足りない感じはまったくない。読者は登場人物の「本当の気持ち」をしっていてヤキモキするのが楽しいところはあるけど、現実はそうではなくそれが漫画で味わえるのが楽しかった。
『向こうの人』『ノイド』を読んでそこまで相性の良さは感じなかった上野ポテト先生。どちらかといえば好きな雰囲気の作風のはずが、そこに一滴苦手ポイントが垂らされているという印象。今回は半滴ぐらいだったのでうまいこと消化できたかな。
半滴は潮くん…すみません。性格とビジュアルの抽象的すぎることは承知の上でややぬるっとした感じが苦手だったり。主役にはあまりいない顔立ちな気が。そうだ、レビュー冒頭に出した2冊も、作品の演出や構成は好みなんだけど、登場人物に今一歩心惹かれなかったんだよなってことを思い出した。「居そう」な感じが強すぎるのかも。良さでもある。
裏表紙で信章を「ドライなイケメン男子」としているところ、違わないか?と思ったり。どうも軽い印象ではないか?そういう類の男だっけ信章は。
信章が、心の悩んでいる時間が減ることを是としているというのが、なんともツボな描き下ろしだった。