ののみ
BLを読んでいると、DVがテーマになっているものが多くあり、その理由をずっと考えていました。
多分これは男性同士だからこそ。男女間ではこうならない。
女性はどうしても男性ほど体の造りが丈夫ではないので、同じ勢いで殴られたらすぐ病院送りになるし、周りの人が不審に思って声をかけたり、話を聞いてみたり、対応が違う。
女性側も暴力を振るわれた経験がないから、警察に通報したり、シェルターに逃げたり、様々な対処法がある。
でもBLは男性対男性だから、そんな単純にはいかない。
喧嘩で殴り合いもするだろうし、どこからがDVになるのか線引きがまず難しい。
男女間のDVと、男性同士のDVは全く別物だと私は思っています。
だからこそこのテーマが多く取り上げられるのかな…と。
妹を芸大に通わせるため、あてにならない父親の代わりに高卒で働くことを決めたかんちゃん。弓のこともきっと幸せにしてあげたいと思っていたんだろうなぁ、この頃は。
なのに、入社した会社は後にニュースで問題になる程のブラック企業。かんちゃんの人格を否定するようなパワハラは見ていて吐き気を催すぐらい酷くて、何度本を閉じ、目を逸らしたかわかりません。
家で待ってくれている弓のために、大学に通う妹のために、そして母親のためにと会社を辞めず頑張り続けるかんちゃん。
…なんであの時会社から逃げなかったんだろう。
追いつめられた人間は視野が狭くなり周りが見えなくなるのはわかるけど、あの時逃げてさえいれば、きっとかんちゃんは怪物にならずに済んだ。
一緒に暮らす弓が唯一の救いだったハズなのに、責任のないアルバイトで、背負っているモノもなく、簡単に仕事を辞めてしまう弓にすらイラつき始めるかんちゃん。
人間はロボットじゃなくて生身だし、心もあるから、どんな人だって、ふとしたことがきっかけで壊れてしまうものだと私は思っています。
心を病んだかんちゃんは、弓を殴ることで自我を保った。そして妹さんが卒業するまであの酷い環境の中働き続けた。
DVはもちろん許されないことだし、弓にしたことは一生心に残り、お互いを苦しめ続けると思う。
でもかんちゃんはDVに走るか、もし違った形で壊れていたら自らの命を絶っていたかもしれない。
何も考えずDVする人もいるかもしれないけれど、かんちゃんは明らかに精神的に壊れていた。病院連れていかなきゃいけないレベルだったのに、そうしなかった(もちろん病院が何もかも解決なんてはしてくれないけど)。
そう考えるともう何とも言えなくて、かんちゃんを責める気にはどうしてもなれませんでした。
弓とかんちゃんの幸せな同棲生活と、ブラック企業で心を壊されていくかんちゃんの姿が交互に描かれることで余計しんどさが増してくる。
かんちゃんの心が壊れ、暴力を振るわれても受け入れてしまう弓。共依存に陥るまでをこれでもかとリアルに描いてくる。
あのラストは正解だったのか間違いだったのか未だに答がわからず悩んだままです。
一度犯してしまったDVという過ちはいくら悔やんでも消えないから、そしてかんちゃんは十分に苦しんだから(まだ苦しみ続けているから)、私は、かんちゃんには幸せになって欲しいです。
人一人の心が壊れるまでを描いたこの小冊子、やっぱり本編に収録して欲しかったな。
ちなみに薊の花言葉は「独立、報復、触れないで」だそうです。
かんちゃんが、心の根っこにある、しんどい部分を弓に打ち明けていたならば…。
男性だからどうしても弱い自分を見せたくはなかったのかな…。
一人で背負いすぎだよ、かんちゃん。まだ18歳なんだよ?
男性間のDVについて、働くことについて、いろんなことを考えるきっかけをくれた大切な一冊です。
シリーズ完結巻にしゅみじゃない評価を付けてしまったので、最後にこちらにシリーズを通しての感想を残しておこうと思います。
「はだける怪物」までを読み終えると、この「薊」と、「錆びた夜でも恋は囁く」、「ほどける怪物」、「はだける怪物」はすべて、最初から最後までかんちゃんと弓のお話だったようにも思えてきます。
好き合ってるのに決して2人では幸せになることが出来なかった哀しい恋人達の物語。
でも商業BLでそんなお話は描けないだろうから、ああいう形で発表されたってことはないのかな。
・・・なんて考えてしまうくらいには、作者は弓とかんちゃんの関係性を最後まで一番丁寧に描かれた印象を受けました。
「はだける怪物」のほうで触れるのは場違いな気もしたので控えましたが、あの続編は秀那と林田の続編の形を取りながらも、私には作者の気持ちの焦点はずっと弓とかんちゃんに当たっているような気がしてならなかったです。
繋いだ手を離すことでしか幸せになる道のなかった2人が、相手の今に安堵しながら、幸せだった頃の同じ思い出を別々の場所で思い出している。
ハッピーエンドの傍らに何とも言えない切なさを残すあの終わらせ方。
4作品を通してひとつのお話と捉えるなら、これは恋愛のままならなさを描いた傑作じゃないだろうか。
タイトルの「薊」にどういう意味を込められたのかは分からないけど、「厳しさや辛さ、困難の象徴」と書かれているサイトが目に止まって、これがなんとなくしっくりくるなと勝手に思っています。
薊って何かな〜と思いましたが、トゲトゲの植物です。
林田(かんちゃん)と弓の高校生編
かんちゃん…若いし目のサイズが大きい…黒目ガチの可愛いかんちゃん…
かんちゃんにしろ弓にしろ、やっぱり学生時代に努力した事は自分に返ってくるし、努力しなかった事も自分に返ってきて当然だと思う。もちろん企業が社員をメタメタにしていい訳ではないけれど、選択肢を増やすために、アホな会社に入っても抜け出せるような努力しとくんだよ…
錆びた〜だけだと、かんちゃんが一方的に見えるけど、弓は全然かんちゃんを受け止めてないというか、頭使って考えてない。かんちゃんも弓にその度量がないのは分かってて付き合ってたんでしょうけど。まぁ、どこまでいっても暴力はダメだ。
真山は少なくとも弓の弱さは拾いあげられる人間にはなれてたわけで。秀那はさらに陽の人だと思うのですが、ほどける…で一回まさにほどいた感があるので、2人で頑張っていただきたい。
こんなふうに登場人物の人生クソ真面目に考えるほど、いい作品なんですよ。
楽しいことが大好きで、弓の隣でいつも笑っていたかんちゃん。
勉強はできなかったけれど根は真面目、母親思いで妹思いなかんちゃん…。
そんな彼の心が殺されていくまでが描かれた、ものすごく苦しい前日譚。
DVはどんな理由があっても良くないことだとわかっています。
それでも。高校を卒業してから苦しくて痛い思いを耐え抜こうとする姿を知ってしまうと、かんちゃんは何も悪くないよと言い切ってしまいたくなります。
ひとりで全部背負って頑張りすぎた結果、悪い方向へと転がってしまったなんて悲しすぎる。
弓と別れるまでの約10年。
ゆっくりと時間をかけて歯車が狂っていく様子に胸が締め付けられるばかりの「薊」でした。
心が元気な時でなければ読み返せないほど苦しい内容だと思います。
かんちゃんが弓にDVをしていた頃を描いた同人誌の『薊』。
DVをしていた理由が描かれていると風の噂に聞き、読みたい、でもいつかコミックスに収録されるはずと思ってました^^
特装版の小冊子としてですが、大事なエピソードがコミックスの一部となったことが嬉しいです。
本編のレビューでも書きましたが、私は林田さんとかんちゃんが同一人物には思えないんです。
頭ではわかっていても、罪悪感に怯える林田さんと、弓を物のように扱う怖いかんちゃんが、どうしてもイコールにならない。
でも本作で、弓への暴力をかんちゃん視点で語られたことによって、林田さんとかんちゃんが繋がる手がかりを見つけた気がします。
高校を出てすぐ、親に代わって妹を芸大に進学させるために頑張ろうとするかんちゃん。
でもそこはブラック企業で、人格否定の罵声を浴びさせられ、土下座までさせられる…心を壊されていく過程を見ているのが辛い。
そして弓は、弱音を吐いたかんちゃんを「頑張れ」と地獄に送り出し、壊れる直前のかんちゃんを救おうとしたのに救うことができなかった。
バイトをすぐに辞める弓の言葉に説得力はなかったと思う。でも弓が悪かったわけでもない、弓は弓なりにかんちゃんを心配して励ましていただけ…
想いは高校の頃のままなのに、境遇が変わって、タイミングがずれて、かんちゃんと弓はDV共依存へと堕ちていってしまったんだ…
家族への愛情と責任が背景にあったからって暴力が許されるわけじゃない。
でも暴虐無人でただ怖かっただけのかんちゃんの暴力の理由、かんちゃんの気持ちがわかって良かった。
誰かのために頑張ろうとするかんちゃんと、過去の自分に怯える繊細な林田さんにやっと共通点が感じられた。
そして過去の過ちを悔いて、変わろうと努力している人に、幸せになるチャンスがあっても良いじゃないか!
『はだける怪物 下巻』で林田さんが幸せになれますように。
本作を読んで、さらに強く願います。