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水原とほる先生作品は初読でした。
1冊丸ごと表題作となっていますが、前半は2人が交際に至るまで、後半は受けが過去に付き合っていた男性が出てきて一悶着、と大雑把に分けることができます。
前半部分で受けが過去の恋愛でいろいろあったことを匂わせます(後半で詳細がわかります)。
そのこともあって受けは今回の恋愛はゆっくり進めようと思っているのですが、我慢できずに攻めを誘うような素振りを見せた場面に性急さを感じてしまい、やや拍子抜けしてしまいました。
我慢できないにしても、その我慢できない気持ちに至るまでの描写がちょっと足りないような……?
全編受け視点で進むので攻めの気持ちが分かりにくいところもあり、それに対して攻めも割とあっさり受け入れていたのでその場面に物足りなさを感じてしまいました。
上述の場面にはうーんとなりましたが、後半の受けの元彼に対する攻めの対応は素敵だと思いました。
大学講師×デザイナーのカップリングですが、攻め受けともに仕事の描写がそれなりにある印象で、恋愛要素以外の描かれ方が丁寧だと思います。
社会人になって失いたくない恋に出会う事はそう簡単にあることではないと思う
歳を重ねた分恋に失敗したこともあるし、人生に絶望する様な若さも無くなっているけど満たされているわけでもないし、何より恋に生きる情熱で生きていける時代は遠くなっている
仕事は自分を表現する術なんて大袈裟なことではないけど
自分の全てとも言える
生きていく上で拘りすぎてるわけではないけど
拘りもある
若い頃の恋の様に全てをひっくり返すような熱量があるわけじゃないけど
失いたくないと思うしっかりとした想いに出会ったなら…
何か特別なことが起きるわけではありません
でもゆっくりと育つ愛が
二人の間に降る雨がしっとり二人を満たしていく様な
まるで降り注ぐ雨が硬い土の深く眠っていた種に染み渡り
双葉が開く瞬間は劇的な様に発熱することがあっても
樹木の様にゆっくり育っていく様な恋
時に突風が吹き揺れる時はあるけれど根はしっかりと這っている
そんな大人の恋のお話です
時にこんなお話を読むと満たされます
出たばかりの新刊を冒険するより、
姐さんがたが推す作品を読んだほうが、安心と満足を得られると思った一冊。
イラストも素敵、物語は、初期の水原とほるさんの作品と違って、痛くない。
猫気質の文彦視点で物語は進捗。
登場人物それぞれが必死で、悪人が居ない。あるのはすれ違いだけ。孝也が少し気の毒。
◎峯浦文彦(アヤヒコ): 母似の中性的な容貌。美大卒、商業デザイナー。
ランチを大学の学生食堂で取るついでに講義を聴講。次第に久富に惹かれていく。
久富曰く、ディカプリオに似たベビーフェイス。※小山田あみ先生のイラストも多分意識している。
◎久富周一郎 :東欧文学研究家。大学講師。「ヤーン・タタールク」を講義する。
黒いハイネックセーターにツイードの上着。黒縁眼鏡。祖父の形見の懐中時計。雨男。
◎江田島孝也 :文彦の元彼。真面目な性格のITエンジニア。孝也は、文彦を好きすぎて変わってしまう。嫉妬と独占欲が過ぎて、文彦が離れる。
孝也は未練があり復縁を希望。久富に諭され、文彦を許容できない自分の器量に気付いて身を引く。
▶東欧作家「ヤーン・タタールク」は、・・居そうで居ない、架空の人物。
「明日を待つ鴉たち」←実在するような描写に笑ってしまう。
似た地名はある。「タタールスタン共和国」 首都がカザン 「モンゴル・タタール(Татар)人」は「トルコ系の顔」と「アジア系の顔」美男美女が多い。政治と戦乱に挟まれてきた民族。宗教はイスラム教
▶作流の映画は『太陽と月に背いて』
フランスの詩人「アルチュール・ランボー」とその愛人・詩人の「ポール・ヴェルレーヌ」との、数年間の愛憎を描いた作品。文彦と孝也の関係と似ている。
ランボーを演じたのは、レオナルド・デカプリオ
全編通してしっとりとした雰囲気が漂っていて、良かったです。
東欧文学をきっかけに知り合った二人が、少しずつ少しずつ距離を縮めていく様子が丁寧に描かれていました。
いいなと思ったのは、まったく知らなかったものに出会って興味を惹かれたことにより、自分の世界がさらに広がるといったものが描かれていたところ。
受けはデザイナーで、雨に降られて時間つぶしのために大学の東欧文学の講義に潜り込むんですね。
そこで耳にしたのはヤーン・タタールクという東欧の作家。
妙に惹かれるものがあり……というところからお話が始まります。
講師である攻めの講義はなかなか興味深いのに、学生たちは攻めのことを「ヤーン・タタールク馬鹿」と冷笑して誰一人まともに聞いていない。
受けはそれを歯痒く思うのだけど、自分だって20歳の頃なら東欧文学なんて興味を持てずに内職に励んだろうなと一方では思っているんです。
この二人は10年前に出会ったとしても、絶対にすれ違いで終わってしまったと思うんですよね。
だけど経験を経て大人になったからこそアンテナが働き、攻めが語る内容に反応できた。
ここに巡り会いの妙を感じました。
東欧文学なんて知りもしなかった受けがひょんなことから知って、どんどんどんどん詳しくなっていくというところも、BLを読んでる自分と重なりました。
10年前の自分に「10年後はBLを読んでる」と吹き込んだとしても信じなかったと思うんですよね。
BLってなに?って感じだったので。
だけど、ひょんなきっかけで手に取ってこんなに読むようになる…
そして攻めは若い時に野心が消え失せて以来、長いあいだ不遇な立場に甘んじていた人なんですね。
それが受けと出会ったことで過去のあれこれが昇華できて、前に進む勇気を得る。
そこが雨男を自認している攻めの「雨」に絡めて、きちんと描かれていたところも良かったです。
アラサー美青年デザイナーと、アラフォー文系大学講師。
人生のターニングポイントを既にいくつか超えてきた、そんな彼らが出会った先。
平均してストーリーは地味かもしれません。切なさや興奮の成分は非常に控えめです。
はっきり言ってしまうと恋愛至上主義ではない。しかしその分登場人物の心の動きをじっくり描いた魅力的な作品でした。
全編受目線で進みます。文体・言い回しはやや硬く一文が長めです。
硬い文章の割には受キャラの実際の行動やセリフがラフなので、読んでいて多少癖を感じます。が、慣れればこの雰囲気も含めて楽しめるかと思います。
話の展開にわくわくする、というよりも読み進める程に彼ら自身のことを知っていく面白さがあります。
「若手デザイナー」と「大学講師」。あらすじや表紙だけからはさっぱり人となりがわかりません。
それがページをめくるほどに、彼らがどんな嗜好を持ち、過去にどういった経験をして、今どう生きて何を目指しているのか、生き様が徐々にクリアになってくる。
30年、40年近く生きてきた男性としてキチンと描かれ、薄っぺらさはありません。
アラサー、アラフォーの伊達に人生経験積んでません感と、それでも人生や恋愛はままならないという部分がいいバランスで描かれていると思います。
立体感を持った彼らがドキドキ、わくわくする瞬間が語られるところにいつの間にかぐぐっと引き込まれます。
人生経験を積んで、ある程度固定してしまった価値観がある。
だけど出会いによってそれぞれの世界が交わり広がっていく瞬間が確かにある。
お互いがお互いを引き出していく関係性が生まれ、育っていく過程がこの本の見所です。
そこに至るには実際には色々な関係性があるけれど、男性同士の恋愛関係を二人のベストな着地点として描いてくれているところがやはりBL小説であり、読んでいて心地良いですね。
急がず焦らず一定のペースで読んでほしい。
彼らを中心に広がる、デザイン、東欧文学と社会主義、大学や図書館の雰囲気、お気に入りのコーヒーショップなど些細なことも「そうなんだ」と好奇心を刺激され楽しめます。
特にヤーン・タタールクは実在してもしなくても印象が強すぎて頭から離れなくなりますので要注意。もはや3人目の主役です。
二人が付き合うまでの前半と付き合ってからの後半は物語の雰囲気が若干変わります。
前半は攻の情報が少ない分謎が多く、静かに心躍らせる誘い受けの姿の可愛かったり、いじらしかったり、ちょっとカッコつけているところが楽しい雰囲気です。
受が一生懸命アプローチして進んでいくのですが、目的のためにはあまり躊躇しないところが男らしくて素敵です。やがて攻が男同士の葛藤無くすんなり恋に落ちる過程は、即物的な感じもしましたが、それはそれで良いかなと。
それが後半からは攻と受の過去・現在・未来を考える人生観が詰まったエピソード中心に展開して行きます。さらに色っぽさや艶やかさ、切なさ成分は少なくなりますが、受も攻も雰囲気が柔らかく変わっていくので不思議と明るく穏やかです。
堅実で地味な世界観ですが、そこにひとさじ加わるファンタジーが雨。
お決まりのように振り出す雨はいかにも感がありながら、とてもロマンティックです。
出会いで動かされる心、そして行動、過去を持つ二人の心が通って一緒に見る未来。
地味だけどすっごいロマンティックじゃないですかね。
全体的な雰囲気も雨と相まってお洒落風です。
雨の季節にもおすすめなしっとり穏やかな1冊です。