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本作品は、私が木原音瀬さんという作家にはまるきっかけになったものですが、一度しか読めていませんでした。私の中では、揺るがない一番の傑作であるにもかかわらず、人の弱さ悲しみがあまりに濃密で、読み返すには覚悟が必要で。でも、ドラマCDが発売される前に、思い切って読み返してみることにしました。
堂野崇文は痴漢の冤罪で服役しますが、家族に愛されて育った真面目で普通の感覚を持った男です。刑務所での過酷な生活に苦しむ堂野を助けたのが、喜多川圭。口数の少ない喜多川は、殺人の罪で9年間も服役しており、人間関係は取引だと考える、普通ではない男。
助けてくれる喜多川に何か返したくて、堂野は喜多川に本を読む楽しさと友人としての情を教えようとします。しかし、それは喜多川に堂野への恋情を生み出し、やがて喜多川は強引に体の関係に及んでしまいます。
喜多川に、会えない寂しさと刑務所での生活が不自由だと気づかせた堂野は、残酷なのかもしれません。しかし、もともと喜多川の中には情があり、堂野はそれに気づかせただけなのではないか。種に水をやっただけなのではないかと思えてなりません。家族が元同房の男に詐欺にあい狂わんばかりに苦しむ堂野の頭を撫でて慰めたり、堂野の好きな食べ物を監督官の目を盗んで皿に乗せたり、風邪薬を分けてくれたり。喜多川の振る舞いには、取引だけでは説明のつかない優しさが感じられます。
出所した喜多川が探偵をつかって何年も堂野を探し、やっと消息をつかんだとき、震えながら「神様…」と呟く場面に熱いものがこみ上げてしまいました。母親の言うまま殺人の罪をかぶり、情の何たるかも知らなかった男が、堂野に再会できる喜びに絞り出した言葉。人はこんなにも変われるものなのか。喜多川の堂野への想いが、この一言に凝縮されていると思いました。
喜多川にそんなにも大きな足跡を残した堂野は、喜多川の出所の日に会いに行きませんでした。喜多川に会いたいと思う気持ちが何なのか分からないまま、関係を切ることを選びます。堂野は優しいけれど、弱いのですね。二人の想いの差が、とても悲しいです。
弱い男がもう一人。喜多川に頼まれて堂野を探す探偵・大江。彼は堂野探しの困難さと金欲しさから、喜多川に詐欺を働きますが、喜多川・堂野と同房だった芝に見抜かれ、死に物狂いで堂野を探すことになります。
大江がもっともらしい理屈で自分を正当化するのが、哀れで滑稽でした。でも大江は、喜多川の画才を見抜いたり、少ない手掛かりで堂野にたどり着いたりと洞察力は鋭いし、勉強意欲の低い娘に働いた方がいいと言ったり、まともな感覚の持ち主でもあります。詐欺をはたらいたのは娘の学費のためだったのですが、堂野探しに必死になったために家庭は崩壊。幸せになるのは本当に難しいとしみじみ思いました。
刑務所の面々、詐欺探偵、そして堂野と喜多川。きれいごとでない感情は複雑な読後感を残しますが、人間の真の姿を見るようで、なんだかほっとする気もするのです。
次巻は、本作以上の熱量で、愛とは幸せとは何かと、問いかけてきます。結末を知っていても、本を持つ手が震えるようです。
普段芥川賞作家より直木賞作家の本を愛読している者ですが、BL界の芥川賞と名高い本作は圧巻の読み応えでした。予想外に所々泣かされました。意外だったのは、冤罪はテーマでは無かった事です。そちらに重きは置かれていません。妙齢な男同士の風変わりなラブストーリーがテーマです。「妙齢」な所がポイントです。
この巻では、刑務所内での喜多川と堂野の二人の出会いと親交が描かれた表題作の「箱の中」とその後の喜多川サイドの話を第三者(探偵)の視点で描かれた「脆弱な詐欺師」が収録されていました。
「箱の中」では、前半部分はBL小説という事を忘れるほど、淡々と刑務所内部の日常が写実されていて興味深く読み進めていたところ、途中からガッツリBL展開になり、恋愛部分も楽しめました。「箱の中」も充分面白かったのですが、個人的には「脆弱な詐欺師」がのプロット(構成)が秀逸だなーと思いました。文章に無駄が無いし、物語の運び方が計算し尽くされています。ダレる部分がありません。
「脆弱な詐欺師」では、 真相(堂野の居場所の手がかり)を求めるまでのすったもんだと泣かせる程の喜多川の純情が描かれていて、最後の1ページまで探偵や喜多川と同じ気分になってドキドキしながらページをめくりました。人の居場所を突き止めるだけで、ここまでスリリングな展開になるとは・・。それも堂野が世間で幸せとされている人生を確実に歩んでいる事が読者に伺えるだけに、喜多川と再会する事により起こりうる不穏な何かを想定するから、余計に真相に近づく事が怖くいんですよね。喜多川は怖いぐらいに真っ直ぐだしww作家さん実にストリーテラーだわ。芝の件もグッときました。
また喜多川と堂野の二人の間の二つの格差が物哀しかったです。一つ目は、バックグラウンドです。堂野は不幸にも冤罪で運悪く刑務所で短期間過ごす事になったという人災にみまわれたけれど、もともと家族の愛情の下で教育も受け職歴もあるので、刑務所を出てからも、社会的なブランク期間があったという事実は残れども、社会的に生きる術を知っているので、着実に社会復帰をし、世間的な幸せを掴んでいるのに対して、家族や過去の実績を持たない喜多川は、堂野探しを心の支えにして日々必死に働いて生きるしかない。
二つ目は、相手への想いの量です。喜多川の事について多少の気がかりはあっただろうものの、この五年の間、喜多川の出所日にも会いに行かず、新たな人生を選択し、歩んでいる堂野に対し、堂野の事を一時も忘れず、堂野探しに貴重なお金と時間と自身の健康をも費やしてきた喜多川。この二人の格差が切なくって終始涙せずにいられませんでした。世の中知らない方が幸せな事は多いと思うけれども、突進する喜多川には世間の常識は通用しないです(笑)。物語の主人公は世間の常識をぶち破るから物語になるんですけれどねー。次巻でどういう終焉を迎えるのか非常に気になります。
久々に読む木原作品。
ずっとなんとなく手に取らないでいた本作ですが、ちょうど今は重いものを読みたい気分だったので挑戦してみました。
表題作の主人公(視点主)は受けの堂野。
痴漢の冤罪で服役することになった30歳で、ごくごく一般的な思考の持ち主です。
そして同時収録の『脆弱な詐欺師』は、本編攻めの喜多川が、先に出所した堂野を探す依頼をした探偵・大江が視点主となっています。
こちらには堂野は殆ど出ませんが、同房だったキャラの芝が印象深く登場していました。
本編は服役中の様子が、脆弱な〜の方は本編の6年後です。
本編でも怖いくらいに堂野へ執着していた喜多川の様子は変わらず、全財産つぎ込んでも探したいと探偵社を渡り歩いています。
親からはまともに養育されず、不幸な育ち方をしたためにコミュニケーション不全な喜多川。
そこへ自分の理解しがたい善人(堂野)が現れ、その光にあてられ雛の刷り込みのような現象が起きたと読んでいて感じられました。
本来ならば保護者へ寄せられるべき情であるのにそれを経験していない喜多川にはそうとわからず、執着するというのは恋愛的な好きということだと思ってしまったのでは。
個人的には堂野へそこまでの魅力を感じることができず、ただ特異な環境下で流された普通の男のようだなと思いました。
本編はともかく脆弱な〜を読んでいて特に感じたのは、第三者が視点主のせいなのと芝という悪を断罪する人間が登場するために、一般本でBLのL抜きで書かれ、こちらもBLだと認識せずに読んだらさらに面白かったのではということです。
BLとして執筆されているのですからそれは本末転倒なのかもしれませんが、ここまで普通のBL的萌えを表現されないならその方が個人的には良かったですね。
表題作は自分の萌えが迷子になりオロオロしましたが、脆弱な〜はすごく面白かった!
表題作だけだと萌えが見当たらないので中立で、脆弱な〜だけだと萌×2という感じなので評価は間をとりました。
障壁を乗り越えて辿り着く純愛、それが男同士だからこそ、カタルシスを得る事ができるのがBLならば、もしかしたらこれはBLとは言えないかもしれない。次巻の『檻の外』と合わせてひとつの物語である今作は、理屈でいえば充分BLなのだけど…BLという枠に収まらない。それは人間を描いているからなのでしょう。
木原さんの作品は総じて、BLの枠に収まらないと評される物が多い印象ですが、今作もまた然り。だって甘々でもなきゃキュンキュンでもなく、ニヤニヤしながら読ませてもくれないのです。今作では暴力的な場面は控えめですが、しんしんと降り積もる雪の如く痛みが胸に堆積していきます。
堂野は平凡で真面目で情がある普通の男として描かれており、冤罪という不幸に見舞われそれまでの生活が一変してしまいます。箱の中では自らの人生に関わる筈のなかった世界が否応なく彼を蝕み、次第に堂野は病んでいきます。そんな彼を献身的に世話をし支える喜多川。彼の存在で精神が安定するものの、次第に向けられる裏表のない真っ直ぐな好意に堂野は翻弄されていく…というのが大筋です。
平穏で普通の日常というのは何か特別でないものの象徴のようですが、普通というものこそ、努力の上に成り立っている。人間は無意識でも墜ちてはいけない場所を、取捨選択し『普通』という幸福を勝ち取って平凡に暮らしています。堂野は冤罪によって奪われてしまう訳で、なぜ自分だけがと絶望するのも無理はありません。
しかし、箱の中では皆同じで優劣はありません。正義を貫く事で支払った代償がとても大きい堂野は、頑固で優柔不断で、世間知らずで弱く愚かです。そういった人間の弱さや狡さを普通の堂野もしっかり持っている。けれどそんな普通だからこそ、喜多川は堂野に惹かれたのだろうと思います。
ギブアンドテイクでしか人間関係を築く術を知らなかった喜多川、堂野に利害を要せずそばにいる事を許され、人として当たり前に育む筈だったものを堂野から与えられます。これは喜多川の成長物語でもあるのです。
喜多川にとっては堂野との出会いは幸福でもあり、また不幸でもあったのではないでしょうか。彼もまた、箱の中を自らの場所とし不満もない日々を一変させられたのです。世界の中心が堂野になってしまい、想いが遂げられれば良いけれど、そうはなってくれません。直情的な喜多川の好意は病的で欲望に正直な恐ろしいものです。堂野が恐怖を抱くのもまた仕方のない事。
喜多川の出所日、堂野が選んだ選択肢は現状を考えれば自然で仕方の無い事なだけに、彼の涙は切なくて胸に迫ります。
『脆弱な詐欺師』では堂野を捜し続ける喜多川のその後が描かれていきます。ここでは、芝の立ち回りが重要な役割を果たしており、彼もまた喜多川という男に翻弄された人間の一人なのでしょう。自らの罪悪感を解消したいが為のようでそれだけではない。喜多川をマトモじゃないと言いながら助ける芝の情が、切なくも温かかったです。
堂野の居場所を知り、たまらず駆け出していく喜多川の無垢さが可愛くもあり恐怖でもあり胸に刺さります。
一方通行でも人を愛する喜びを知った喜多川にどこか救われる気もしたりしなかったり…
今作だけでは、読後スッキリはしませんが、『檻の外』まで一度は読んでもらいたい素晴らしい作品です。
木原さんの本はすごく覚悟して読むのですけど、毎回、予想を超えたヘビーさに胸をえぐらます。本当に人の弱さ、狡さ、闇のところを容赦なく突きつけられた上で、それだからこそ、愛の美しさや尊さを見せつけられます。すっごい読み応えで、感動しました。
個人的には、「美しいこと」よりはこちらの作品の方が好きでした。「美しいこと」は恋愛にとことん向き合うような内容でしたが、こちらは人生?に向き合うような内容だったなと思います。
最初から最後まで、これでもかと容赦がなかったですwww BLとしてのある種のファンタジー(あり得ないほど当たり前に同性が恋愛関係になれるご都合主義) なお約束に囚われない、しかも、素晴らしい文章と表現力。そこだけ見ると一般作品?ゲイ文学?という印象なのに、それを裏切り、しっかりとBL的に萌え萌えな同性の恋愛やエロ要素もある。色んな意味で極めてる贅沢な作品だと思います。
挿絵もイメージ通りでぴったりでした。
以下、ネタバレ注意
抽象的になってしまいましたが...。
前半にあたる「箱の中」は、囚人の喜多川と堂野の出会いから、出所後に喜多川が堂野を探しているところまで...。
2人が交流を深めるところはどきどきでした。少ない言葉のやりとりから、喜多川がなぜ堂野に惹かれていったかを察することができ、胸が痛かったです。喜多川は初めて無償で与えられる愛や好意があることを堂野に教えられて、それは、彼の根底を揺るがすものだったのでしょう。それを思うと、堂野の冤罪と懲役は(彼自身にとってどうであれ)無駄ではないように思ってしまいます。
個人的には、今巻クライマックスでの芝さんの活躍がかっこよかったですw なんか色々悲惨だったので、芝さんのタンカにスカッとした人は多いはず...w
「檻の外」でもそうなのですが、人は痛い目を見るまで何が大事か見えなかったりするものですね。なんだか、どの人の愚かさや弱さも、別に特殊なものではなく自分の中にあるものだと思わされます。そして、辛いところを通るからこそ、与えられた恵みに感謝できるのかもしれない...。(月並みな感想ですが)
喜多川の言葉でいちばん印象的だったところを抜粋します、
「ここ出たら 、あんたの恋人と話をしようと思うんだ 。あんたの恋人はあんたじゃなくてもいいかもしれないが 、俺はあんたじゃないと駄目だ 。絶対に駄目だ 」
喜多川は何ももってなかったからこそ、本当に自分にとって何がいちばん大事か知ってて、必死で手放さなかったのだろうと思いました。