【電子限定おまけ付き】【イラスト付き】
読む前に想像していたのは、鬼の子が人間と出会って恋に落ちるような、ほのぼのした物語でした。
でも実際に読んでみたら、もっとずっとヘビーな背景が描かれていました。
主人公は東京に住む大学生の光洋。西園家の男子は二十歳になったら鬼鎮めの儀式をしなければいけないという家訓に則り、夏休みに瀬戸内の本家に呼ばれます。何を時代錯誤なと全く気乗りしない様子で出掛け儀式に臨んだところ、形ばかりのはずが対面した「鬼削りの石」に水が湧き、光洋は150年振りに鬼住み島へとわたって更なる儀式を行う羽目になります。
その鬼住み島という伝説の島で、光洋は、しずるという名前の鬼に会うのですが、しずるは人間が迎えにくるのをずっと待っていたと言うのです。
かつて人間と交わした約束を信じ、島を出て人間と共存することを夢に見て迎えを待っている鬼たち。待てど暮らせど人間は現れず、それでも信じているうちに一人死に二人死に、とうとうしずるという鬼だけが一人生き残る。150年待ってやっと現れた大学生(主人公)は、まったく異なる言い伝えを聞かされている。
ひどい話です。なんてひどい。
島に一人残されたしずるが孤独に150年も待っている間に、日本の社会は大きく変わっていますし、そもそもちゃんと引き継がれていないし、と読みながら結構なテンションで憤ってしまいました。
中盤、光洋と光洋の居合術の師匠である孝志が、鬼と伝承を巡って対峙する場面が迫力があってどきどきしました。
大学生だから仕方ないけれど誰にも相談しないで行動に移す光洋にひやひやしたり、どういう結末になるのかわくわくしたり、楽しみました。
気になったのは、「鬼の子」というタイトルで実際イラストも小柄な少年が描かれていたのに、本文では「(光洋と)身長が同じくらい」とか「誰もが振り返るほどの美貌」とか、印象の違う描写がところどころ出てくるので若干混乱しました。
野原滋先生の作品、多分ほとんど読んでないと思いますが、私の購入基準で、金ひかるイラスト作品は問答無用で内容ノーチェック予約。
もう、このカバーイラストの、精悍でガタイのいい攻めに、攻めよりはちょっと華奢だけど別に女っぽくはない受けってところからツボです。
小説内では鬼の子しづるは超美形とされていますが、金先生のイラストのしづるは、小島にたった一人残されて長い年月を生きてきた、その無垢さが現れている、そんな美しさです。
お話としては「それから二人はずっと仲良く暮らしましたとさ、めでたしめでたし」と、なんだか唐突に終わってしまいましたが、まあ、おとぎ話なわけだし、二人が一緒に暮らせるようになるまでに何かあったとしても、それはまた別の話という事で、これでよかったのでしょうね。
作家さん買いです。
内容については細かく書いてくださっている方がたくさんいるので割愛します。
受けのしづるが健気可愛くてとても良かったのですが、どうしても気になったので。
イラストと内容ちょっとずれてる気がします。
文章では何度か、背丈が攻めと同じくらいという表現が出てきますが、イラストではしづるが小さいです。
確かに華奢なので小さく見える的なことも書いてあった(気がする)んですが、明らかに小さいです。
背丈同じくらいって何度も強調する必要あったのかな?
そして終盤。
わざとかな?と思って何度か確認しましたが、どうしても内容と合わないイラストが多分二点。
わざとだとしたらごめんなさい。
私が汲み取れてないです。
でも見た目に変化があったことが文中で描かれている以上イラストで元のままというのに違和感を感じました。
今回は一族必須の儀式を受ける大学生と島に封じられた鬼のお話です。
鬼伝説で繁栄した一族の攻様が最後の鬼となった受様と出会い、
2人が伝説の真実と種族をのり超えて互いの手を取るまで。
攻様の一族は瀬戸内海近くに位置する鬼留乃に本家があります。攻様は
親の仕事の都合で東京に住んでいますが、家同士の結束が強く、年に
何度も本家に集まっては顔合わせする一族です。
攻様も幼い頃はたまに訪れる田舎の風景が珍しく楽しんだものでしたが、
年があがるほどに地主として未だに力を持つ一族の者として扱われる居
心地の悪さから次第に距離を置くようになります。
一族は代々20才を迎えた者が必ず受ける儀式があります。攻様は忙しさ
と面倒くささでやり過ごそうとしますが、次の誕生日が近づいてきた夏
なると毎日のように督促が来るようになり、仕方なく本家に向かいます。
6年ぶりに訪れた本家は記憶と変わらず、当主からは来訪遅れの小言と共
に耳タコな祖先と儀式について聞かされます。一族の祖先は災いをもた
らす鬼を成敗して捕えた鬼を島に封印します。鬼達が再び悪さをしない様、
監視のために島に行き、鬼を鎮める役を担っていた事が「鬼鎮め」の儀式
として連綿と継承されているのです。
攻様はそれを天災か人災の不幸な出来事に対峙した祖先が解決したものが
御伽噺的伝承になったのだろうと思っています。島へ渡れる者は「鬼削り
の石」に水を湧かせられた者だけで、ここ150年程は誰も島に渡った者は
いないのです。
しかしながら攻様が「鬼削りの石」に手をかざすと水が湧き、慌てた当主
が蔵の古めかしい文献からようよう読み取った内容に則り、島の社祠へ
赴くことになります。
攻様は150年間も何事もなかったのになぜ自分がと思いつつ島に向かいま
すが、島の桟橋は人工的なもので胸を撫でおろします。そして上陸すると
滅多に人が来る事が無いと聞いていたのに、そこかしこに人がいた形跡が
あり、安心すると共に首を傾げつつ社祠に向かいます。
そしてそこで桃をお供えと石段に置いて祝詞を唱え始めると、突然何者か
に声を掛けられる事になるのです!!
思わず逃げ出した攻様に声をかけたのは額に2本の角を持つ青年で、攻様
の一族が島に封しだ鬼の末裔でした。この鬼こそが今回の受様です♪
鬼たちは自然をあやつる神通力を持っていますが、受様は攻様の祖先は
鬼が悪さをするという人間の誤解を解くためにここに匿ってくれたと言い、
人間と暮らせる準備ができたら迎えに来るからと言い残したと言います。
しかし500年ほどの寿命があるものの繁殖力の低い鬼は徐々に数が減り、
受様は最後の1人であり、攻様が島から連れ出してくれるのだと疑いもし
ません。
攻様は本家に留まる間、受様に会いに何度も島に渡りますが、受様とい
う鬼がいる事を当主に告げる事ができず、かといって鬼である受様を島
の外に連れ出す事などできそうもありません。
果たして攻様に鬼である受様の願いを叶えね事ができるのでしょうか!?
「泣いた赤鬼」をベースにしたファンタジックな現代版御伽草子です♪
多くのおとぎ話で鬼は人間よりも力強く、人間に悪さをする存在として
一般的には怖い印象を持たれています。攻様の一族の伝承でも鬼は悪者
として伝えられていますが、受様が語る鬼たちは人間と仲良くなりたい
と考えていた優しい種族でした。
野原先生のお話は受様が健気過ぎて優しすぎてもうそれだけで萌え萌え
なのですが、本作も人間の常識にとらわれないだけに向けられる想いは
純粋で真っ直ぐです。
攻様は自分達の祖先が優しい鬼達を欺いて島に封じていた事の罪悪感と
最後に残された受様がこのまま孤独に生きていく事に耐えられず、受様
を島から連れ出すのです。
帰東した攻様は兄のように慕う居合術の師匠に助力を求めます。受様は
攻様が思うよりも早く人間世界の暮らしに馴染みますが、攻様が受様の
正体に気づいた師匠に受様との付き合いを考え直すように諭された事で、
受様が鬼伝説の隠された真実を知ってしまうのです!!
異種族である2人は理解し合えないのか? 共に生きる未来はないのか?
2人が選ぶ未来にハラハラ&ドキドキ、キュンキュンしながら楽しく
読ませて頂きました♪
残された記録や口伝が全ての真実ではなく様々な側面があるにしても、
優しい鬼達が人間のために尽くした事は間違いなく、人間達と仲良く
暮らす未来を夢見ながら亡くなっていった仲間達の想いは受様へと受
継がれていったのかと思うとグッときてウルウルでした (>_<)
受様が鬼である故に言動ズレが時にコミカルになる事でふっとした
軽さを醸していて、シリアスな展開に偏らず読めたのも良かったです。
桃と桃缶って違う食べ物の様な気がするんですよねぇ。
無人島に閉じ込められて過ごしてきた鬼のしづるは(多分)砂糖の味付けに慣れていなかったと思うんですよ。
でね、強烈な甘さというのは、割と苦痛だったりすることもある。
でも、桃よりも桃缶の方が「甘くて美味しい」と言うのよね。
本当に美味しいと言うよりは、光洋と一緒に暮らすことを選んだからそんな風に言うのかなとも思ったりしました。
ただ、物語の運びが劇的すぎて、こまごまとした気持ちの部分がちょっと駆け足っぽいかな、と。
鬼退治をしたといういわれの家に生まれたと思っていたら、先祖は本当は鬼をだましていた……これ、気づいた時結構ショックだったと思うんですね。
何と言っても大ショックなのは、延々とだまし続けていたこと。
だって「何とかしなくちゃ」と思ったのは、光洋が初めてだったわけですものね。
ここの部分の光洋の気持ちは結構よく理解できたんですけれど。
「ちょっと物足りないなぁ」と思ったのはLOVE展開なんです。
人ならざる美しさを持つしづるですが、その言動がとても幼子っぽい。庇護欲は激しくくすぐられるのですが「恋、するかなぁ?」という感じがするの。
懐いたり懐かれたりというのと、肉体的接触を伴う『恋』というものには境目があると思うのです。
「あれ?いつ恋した?」って、少しばかり置いてきぼりになりました。
野原さん、お得意の『無垢で素直な受けさん』はとても可愛らしいです。
その辺は堪能しつつ、さらっと読めました。